短編小説1

□それは海よりも深く
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無謀な恋なんかするもんか。

苦しいのはイヤ。
悲しいのも、イヤ。

だって『恋愛』はフワフワして、あったかくて、ピンクな感じで……。

そんなものでしょう?

だから。

あの子のしているのは恋なんかじゃない。

……うそ。
そんな事少しも思ってない。

あれだけ人を想って、泣いて、泣くことさえ忘れて、苦しんで。

まさしくあれが恋だと思う。
本当の恋だと、思う。

……でも。

あれは恋なんかじゃない。
そう思わないと、私の定義が崩れてしまうから。

でも。

イヤなの。

恋をして、自分が崩れることが。
恋をして、自分を崩されることが。

イヤなの。
怖いの。

だから。

絶対に。

無謀な恋なんか、するもんか。














『それは海よりも深く』














すこぶる気分が悪い。
精神的な意味でも、肉体的な意味でも。

原因なんて分かりきっている。

美空と篁の事で少しばかり考え過ぎたせいだ、ぜったいに。

なんなんだあいつらは。
見ていて本当にイラつく。

とは言っても、やっぱり血を分けた双子の姉の事は大事だし。大好きだし。
心配だ。

正直、篁なんか死んじまえば良いと思う。

まぁ、篁には篁の事情があるだろうから、仕方ないんだろうけど。
立場とか、しがらみとか。

……私は絶対に教師に恋愛感情を抱くなんていう、無謀な事はしないでおこう。

美空には悪いけど、本気でそう思う。

「うぁぅぇ……」

あぁ、ほんとに気分が悪い。
気持ち悪い。

吐き気が酷くて目眩がする。

私は、耐えきれずに廊下にうずくまった。

ぁ……だめだ、本気で吐きそう。

「須崎さん?」

ぼやけた意識の中、無駄に透き通った声が聞こえ、私は無意識的に振り返る。

そこには、白衣を纏った天使が居た。

「あぁ、やっぱり須崎さんだ。大丈夫ですか?」

色素の薄い髪を揺らしながら、無駄に長い足で走り寄ったその白衣の天使……こと、保健医の朝倉アズマは、これまた色素の薄い、白魚のような手で私の体を支えてくれる。

……あぁ、これでこいつが男じゃなきゃな。

つーか、朝倉なのに東なのね。南じゃないのね。
残念だったね、たっちゃん。
野球に打ち込めよ。

意識の端でそんな事を思った自分に笑える。
いや、断じて私は馬鹿でもレズビアンでもないけれど。

「須崎さん?大丈夫?立てます?」
「ぁ、……はい。だいじょうぶです」
「大丈夫そうな顔してませんよ。……ほら、立って下さい?保健室行きましょう」

そう言って朝倉は私の腰に手を回して立たせようとしてくれる……が、力の入らない私の足は、役に立たない棒でしかなかった。

「すいません……」
「仕方ないですよ。では、失礼しますね」
「ぇ……?」

身構える暇も、無かった。

気付けば私は、朝倉に横抱きに抱えられ……ってこれは、通称、おひめさまだっ…こ……ッ!?

てゆーか、朝倉!!
そのほっそい腕のどこにそんな腕力隠してんのよ!!

「ひっ、い、ぃぅわぁっ!?」
「つらい?お姫様抱っこは嫌でした?」
「嫌っていうかっ、ぇ、え!?ちょ、せんせいッ!!おろっ、おろしっ、」

私の言葉を無視して、朝倉保健医は自分の城へと足を進める。

きれーな顔して、やること大胆だな!!

こつ、こつ、と。
朝倉はヒト一人抱えてるとは思えないくらい自然な歩調で歩いて行く、

……あぁ、やっぱり。
こんな綺麗な顔して、こんな華奢な体してても。

男の人なんだなぁ。

ぼんやりと、そんなことを思った。

「最近無理してらしたでしょう?」
「ぇ……?」
「貴女のお姉さまの事も心配していましたが……共倒れだなんて、やめて下さいね?心臓に悪い。さっき、うずくまってる貴女を見かけた瞬間に僕の寿命、二年は縮まりましたよ」

お姉さま、って……。

「せんせい……、私達の見分け、つくんですか?」

そう言った私に、朝倉は困ったような笑顔を向けた。

そして。

「海美さんかそうでないかくらい、分かります。なめないで下さい、ね?」

そう言って、笑ったのだ。

「…………」
「さ、もうお喋りはおしまいです。保健室でゆっくり休んで下さいね」
「…………はい」
「ふふ、良いお返事です」

そう、品良く笑う朝倉を見て……いや、まさか。

きゅうっと胸の奥が熱くなって、締め付けられて……いやいやいや、まさかそんな。

だって、私は無謀な恋なんてするはずがなくて。
教師なんて、真っ平ごめんなわけで。

……でも。
……だけど。

『恋はするものじゃなくて、落ちるものなのよ』

そんな、誰かの言葉が頭をよぎる。

……いや、でもそんな、まさか。
だって、こんな不本意な。

「…………」





落ちてゆく。

暗くて深い、海の底まで。



恋、それは。

海よりも、深く。





…………無謀な恋なんて、絶対するもんか。








END.











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