短編小説1

□SとMの損傷
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私の幼なじみ、月島刹那くんは。

お隣のお家の一人息子さんで。
綺麗で、格好良くて。
背が高くて。
私より3つ年上の大学生で。
頭も良くて。
町内のみんなに好かれてて。
欠点なんて見付からないくらい、完璧で。


そして。


今日も今日とて、サディスティックだ。





















『SとMの損傷』



















「ぁ、芽衣、おつかい行って来て」

何を隠そう、母の言葉である。

そして、そんな母の言葉に私は大変不服である。

「…………」

別におつかいくらい行きますよ?
それくらいのお手伝いなら、いくらでもいたしますよ?

でもさぁ。

「……ただいま」

学校から帰って来たばっかりで、玄関で靴も脱がぬままの娘に掛ける言葉にしては些か辛辣過ぎやしませんかねぇ!?

「あぁ、ごめんなさいねお帰りなさいおつかい行って来て」
「……いや、行くけどさ」

何をそんなに焦ってんですかお母様。

「だって基希さんがね、」

綾倉基希、私の実父である。
ちなみに数日前から東京へ出張中。

「築地のとっても良いお魚を買って帰ってくれたんだけど、あの人加減ってものを知らないでしょ?私達じゃ食べ切れない量を買って来ちゃってね……」

確かに、あの人はどこかぶっ飛んでるからなぁ……ってうか、お父さん帰って来てるんだ?
『お帰りなさい』くらい言って来ないと。

「それは後でも良いのよ」
「……良くないでしょ」
「良いの良いの。それより、そのお魚なんだけどね、とりあえずお造りにしたのよ!」

おー、やったね今日はお造りかぁ。
お腹すいてたんだよねー。

「その前におつかい行って来て」
「どこに?」
「はい、これ」

私の問い掛けに答えないまま、母は私にラップの掛かった大きな皿を差し出した。
とっさに通学鞄を玄関に置き、その大皿を受け取る。

ずっしりと重さのあるその皿の上には、白身や赤身の魚から、烏賊や蛸、帆立などの貝類も乗っかっている。

お父さん!!
いくらなんでも買い込みすぎです!!

「よろしくね」
「分かった、行ってくる……って、私、行き先聞いてないよ」
「ぁ、芽衣、ちゃんと築地で買って来たって言っといてね」
「いや、だから配達先は?」

そう聞いた私を、母はきょとんと不思議そうな表情で見つめてくる。
我が母ながらちょっと可愛いとか思ってしまった。

「何言ってるの芽衣、月島さんとこに決まってるでしょ」

訂正。

全然可愛くなんか無い。


◇◇◇


夕日が地面を赤く染める中、私は制服のままに魚の造りが乗った大皿を抱え、とぼとぼと歩いていた。

足が重くて歩みが遅くなるのは、その大きな皿の重量のせいでも無ければ、学校での勉強や部活のせいでも無い。

この皿を配達する先が月島家だからである。
月島家=セツ兄ちゃんだからである。

抵抗はしたさ。
そりゃあもう、イヤだイヤだと玄関で騒いでやった。
高校生にもなって駄々をこね倒してやったさ!

でもそれは無駄な抵抗だったってことだよね。

だって私は今、月島家の前に居る。

お隣さんってツラい。
近すぎるよ月島家。

「……はぁ」

別に月島家の人々が嫌いなわけじゃない。

おじさんは何故かいつも私の頬を引っ張るけど、とても良い人だし。
おばさんも何故かいつも私にヒラヒラのお洋服を着せるけど、優しい人だし。

問題は、そのお二人の愛の結晶にある。

月島刹那。

ただ一点を除けば完璧な、好青年。

顔は綺麗だし。
頭は良いし。
身長も高いし。
足長いし。
声も良いし。
雰囲気も甘い感じだし。
家事も出来るし。

ほーら、完璧。

ただ、ちょっと……いや、すっごく、意地悪なだけ。
いやあれは意地悪の域を越えてるな。

完璧なるサディストだよ。

「はあぁ……」

思わず溜め息が零れた。

憂鬱すぎる。

いや、セツ兄ちゃんはさ、基本的には優しいんだよ?
私以外の人には優しいし、誰か他の人が見てる時は私にも優しいんだよ?

だけど、2人きりの時には……って。

「あ、そっか!」

独り言と言うにはあまりにも大きな声が出てしまった。
後ろで通行者が驚いている。

ごめんなさい、でも。
気付いちゃった。
そうだよ、うん。

今日は、平日。
現在時刻は夕方を過ぎたくらい。

と、いうことは。

「セツ兄ちゃん一人、ってことは無いんだ……」

そうだよ、そうだよ!

おじさんは帰っていらっしゃるか分からないけど、少なくともおばさんは帰ってらっしゃるはず。
だって、おばさんはお仕事をしているにもかかわらず、絶対に晩御飯を作っておられるスーパーウーマンだもの!


 
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