短編小説1

□SとMの追憶
1ページ/5ページ


俺の幼なじみ、綾倉芽衣ちゃんは。

お隣のお家の一人娘さんで。
可愛くて、純粋で。
ちっさくて。
可愛くて。
俺より3つ年下の高校生で。
可愛くて。
頭は悪くないのに、どこかお馬鹿さんで。
可愛くて。
気に入らないけど、町内のみんなに好かれてて。


そして。


欠点なんて見付からないくらい、完璧な。

完璧な、マゾヒストだ。



















『SとMの追憶』





















めーちゃんは可愛い。

それはもう、完全無欠に可愛い。

ちっさくてやわらかい体とか。
怯えた時に潤む、おっきい目とか。
本当は期待してるくせに、やめてやめてって泣く声とか。

そんな自分に気付いてないところとか。

めーちゃんは、可愛い。
そして、本当に良い素質を持ってる。

そんなめーちゃんを好きかと聞かれれば、答えは当然『YES』なわけで。
でもそれは恋愛だとかそんなものじゃなくて、俺がサディストで、めーちゃんがマゾヒストだからだと思う。

めーちゃんにその自覚は無いみたいだけど。

俺はそんなめーちゃんはとは違う。
自分にサディスティックな面があるって事は、それなりに自覚出来ているつもりだ。

だって、俺は普通じゃない。

めーちゃんの泣いた顔とか。
怯えてる目とか。
限界を向かえて、放心してる顔とか。

そんな、普通なら哀れで見られないであろう表情を見て、興奮を覚えるのだから。

性的な、興奮を。

「刹那?」

突然声を掛けられて、正直真っ当とは言えないことを考えていた俺は、内心ヒヤッとしながら声の主を振り返る。

そこには、母親である月島幸子が立っていた。
別段不思議な話ではない。
何故ならば、ここは月島家一階のリビングなのだから。

「なに?」

世間的に言えば“変態思考”、そんなものを浮かべていたなどとは悟られない笑顔を浮かべ、俺は返事をする。

誤魔化すのは得意だ。
伊達に、世間様に“優等生”だと言われていない。

「コーヒー、飲まない?」
「貰おうかな」
「はい、どうぞ」
「ありがとう」

返事を聞く前に用意されていたマグカップを受け取り、礼を言う。

母さんはそんな俺の向かいに座り、自分もコーヒーを啜りながら、意味深な微笑みを浮かべた。

……なにか言いたいことでも?

「最近、どうなの?」
「なにがかな?」
「全部よ」
「全部かぁ……、難しいね」

我が母ながら難しいことを言う。

伺うように母さんを見つめてみたけれど、母さんはそれ以上を言う気は無いらしい。
黙って微笑んでいる。

うーん、何を言いたいのかな、この人は。

「大学は、まぁ、楽しいよ」
「そう」
「留年するってことは無さそうかな」
「それは良いことね」
「弓道は今度、昇段試験を受けることになってね」
「頑張って」
「うん」
「…………」
「…………」
「…………」

俺の言ったことは全て見当外れだったらしい。

母さんは微笑んだまま、俺を見つめている。

……他に何か言うことあったかな?

「……芽衣ちゃん」
「え?」

突然飛び出したその名前に、自然と疑問の声が上がってしまった。

めーちゃんがなに?

「芽衣ちゃんがね、最近来てくれないなぁって思ってね」
「あぁ、それはそうだね」
「昔はあんなに遊びに来てくれてたのに」
「まぁ、時代の流れじゃない?」
「そうかしら」
「そうだよ、きっと」

そうかしらねぇ、と、母さんは不思議そうに首を傾げる。

そんな母さんをよそに、俺は少しヌルくなってしまったコーヒーに口を付けた。
心地良い苦味が口に広がる。

「ねぇ、刹那」
「なに?」
「いつからかしら、芽衣ちゃんが寄り付かなくなっちゃったのって」
「いつからだったっけ?」

そんなこと考えたこともなかったな。

「……まさかとは思うけど、刹那」
「なに?仰々しく」
「芽衣ちゃんのこと虐めてないでしょうね?」
「まさか」

ただ俺は、めーちゃんの期待に応えて上げてるだけだよ。
めーちゃんにその自覚は無いけどね。

その思いは口に出さない。

さすがに母親だから、俺にサディスティックな一面があるってことは気付いてるだろうけど、予想と断言ではショックの大きさが違うだろうからね。

そんな俺をよそに、母さんは少し安心したように笑った。

「そうよね、刹那に限って、虐めるなんてことないわよね」
「当たり前です」
「そうよね、でも、」

芽衣ちゃん、無自覚で虐めて欲しそうにしてる時あるでしょ?

「……え?」


 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ