短編小説1

□SとMの序章
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私の幼なじみ、月島刹那くんは。

お隣のお家の一人息子さんで。
綺麗で、格好良くて。
背が高くて。
私より3つ年上の大学生で。
頭も良くて。
町内のみんなに好かれてて。
欠点なんて見付からないくらい、完璧で。


そして。


本物の、サディストだ。




















『SとMの序章』




















照りつける日差し。
蒸し暑い空気。
せわしなく鳴き続けるセミ達。

そう。

夏である。

そして、そんな夏は無条件に。

「あっつい!」

七月中旬とは思えぬ暑さに、私は思わずそう叫んだ。
ここが自宅の玄関だということも、省みずに。

そんな私を見て、お母さんは呆れたように笑う。

「芽衣、あんた外出る前からそんなこと言っててどうするの」
「お家の中でも暑いものは暑いよー」
「はいはい、廊下のエアコン設置については基希さんに交渉しときますから、あなたは学校に行きなさい」
「なんでまだ学校あるのー」

そう、世間はまだまだ夏休み前。
それは、一高校生である私にも言えることなわけで。

だから、これから私は学校に行かなければならない。

これは義務である。
mustである。

しかし。

この日差し。
この暑さ。
このセーラー服。

「無理だ!」
「無理ってあなた……あとほんの一・二週間じゃないの」
「その一・二週間がツラいのーっ!」

お母さんは簡単に言いますけどね、学校までの徒歩と満員電車はなかなかツラいんですよ?

特に電車とかね。
空気が蒸れてるからね。

汗がスカートに染み込んで、なんとも言えない不快感を生み出しますから。

「芽衣、それはあなたのスカートが長すぎるせいだと思うわよ?」
「……普通、女子高生ってスカートが短すぎて怒られるものじゃないの?」
「だってあんたそれは長すぎるわよ」

見てるだけでも暑苦しい、と指差された先には、哀れなmyスカート。

何が哀れって?

その使われ方。
穿かれ方。

その長さ!

「でも、だって、これは……」

言い訳する言葉もしどろもどろになってしまうほど、私のスカートはかなりアレな感じ。
何故なら、紺色のそれは私の膝を15cmは多く見積もって隠してくれちゃってたりするから。

確かに長すぎる。
ここまで長いと、品行方正を通り越して逆に不格好だ。

モノにはモノに見合った使い方ってもんがありますからね。

でも、ね。

これは、私にはどうしようもないことなんですよ。

「もうちょっとだけでも短くしたら?そしたら少しくらい涼しくなるでしょ?」

あなたはそう言いますけどね、お母さん。

「今のうちに足とか出しときなさいよー?」

そんな風には言ってくれない男が居るんですよ、一人だけ。

「出し惜しみしてると、いつの間にか露出できない年になってるんだからねぇ」

でも、その反対意見を持つ男は、本来そうであるべき父親ではなく。

「…………」

ただの、幼なじみ。
お隣の、長男坊。

「…………無理デスヨ」

オプションとして、ドの付くS。

てゆーか、そんなオプションいりません。

「何言ってるのー。若いんだからぁ、たまにはパンツ見えるくらいにしちゃいなさいよ」

そんなことしたらあの男に殺されちゃいますよ。

私、まだ命は惜しいです。

だから。

「別に、長いままでも、だいじょう、」

いや、だけど。

よく考えろ、考えるんだ綾倉芽衣。

この気温。
この湿度。

……暑いものは、暑いのです!

「ぶ、じゃない、から……短く、する」

それは、私の中の公式が『セツ兄ちゃんの恐怖>暑さ』から『セツ兄ちゃんの恐怖<暑さ』に変更された、歴史的瞬間だった。


◇◇◇


歩く度に、足の間を通り抜ける風。
その風が滲んでしまった汗さえ乾かしてくれる。

「……すーずーしー」

すごい涼しい。
不快指数がいつもの半分以下だ。

なにこの爽やかさ。
いつもは少し苦手な駅前のワンちゃん(すごく吠える)も、心なしか可愛く爽やかに見える。

あ、うそ。
やっぱり怖い、避けて歩こう。

でも。

スカートひとつで、こんなに世界が変わるなんて。

それは涼しさだけの話ではなくて、セツ兄ちゃんの言い付けを破っているという、そんな開放感から来るものなのかもしれない。

だって、たぶん初めてだ。

セツ兄ちゃんの言い付けを破ったのは。

「ふっふっふーっ」

あまりの開放感に顔が緩む。
無意識にスキップしてしまう。

鼻歌を歌いながら駅の改札を抜けたら、顔見知りの駅員さんに少しヒカれてしまった。

でも、そんなもの、この爽やかさを前にすれば痛くも痒くもない。

今の私は自由なんだ!


 
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