短編小説1
□SとMの刻印
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私の幼なじみ、月島刹那くんは。
隣のお家の一人息子さんで。
綺麗で、格好良くて。
背が高くて。
私より3つ年上の大学生で。
頭も良くて。
町内のみんなに好かれてて。
欠点なんて見付からないくらい、完璧で。
そして。
完璧なるサディストだ。
『SとMの刻印』
夏、というのがいつまで続くのか。
太陽暦では8月まで。
陰暦では6月まで。
学生からすれば『夏』なんてものは夏休みが終われば終わったも同然、用無しの季節だろう。
しかし。
日本という国は夏は暑いし冬は寒い。
しかもその暑さや寒さは継続するというのだからタチが悪い。
つまり何が言いたいかと言えば、いくら学生である私の『夏』が終わったと言えど、まだまだうだるような暑さが続く毎日であると言うことだ。
そういう場合、人はどういう行動に出るか。
クーラーに頼る。
冷たいモノを食べる。
まぁ、その辺が主流だろう。
しかし。
我々高校生と言うのは無駄に隙を持て余す上に、無駄にアクティブで行動範囲が広い。
自転車、電車を駆使してどこまででも行っちゃうからね。
まぁ、なにが言いたいかと言うと。
「プールに行くことに、なりまして」
別にやましい気持ちなんて1ミクロンも無いのに、変に声が震えてしまった。
「……ふぅん?」
そんな私の目の前で、セツ兄ちゃんは面白くなさそうにその長い足を組み替える。
「クラスのみんなで?」
「う、うん」
「……へぇ、クラスみんなでねぇ」
夏休みも終わり、学校も始まった。
普通の生活へと戻った私は、始業式を終えてから初めての土日の休日を向かえていて。
土曜日の本日。
夕食も済ませた午後8時、私は自室にてセツ兄ちゃんに尋問されていた。
「めーちゃんの学校って共学だよね?」
「……共学、だけど」
「てことは男子も居るよねぇ?」
「は、半分……以下、だよ」
なにやら夏休み中は忙しかったらしいセツ兄ちゃんに会うのは久々で。
だけど、相変わらず威圧的な笑顔は健在なもんだから。
足が震える。
ただ、私は、明日に予定されているクラスみんなでのプールの準備をしてて。
水着のサイズまだ大丈夫かなって思って、ハンガーに掛けてみてた所で、なぜかセツ兄ちゃんが部屋に入ってきた。
お母さんの馬鹿ぁ!
いくら幼なじみだからって、年頃の娘の部屋に簡単に男の子上げないでよーっ!!
しかも夜に!!
「あのねぇ、めーちゃん」
はぁっと、わざとらしいくらいの溜め息を吐いたセツ兄ちゃんは、それまで座っていた私の勉強椅子から腰を上げた。
……怖い。
無駄に怖い。
「その企画上げたの、男子でしょ?」
「ぇ……、う、うん」
「ね?そうでしょう?」
セツ兄ちゃんはどこか勝ち誇ったような目で私を見下ろす。
「めーちゃん」
「な、なに……?」
「行くの、やめなさい」
「え……?」
さも当たり前のように振り下ろされた理不尽な言葉。
私はぽかんとセツ兄ちゃんを見上げることしか出来なかった。
「あのねぇ、めーちゃん。男子高校生なんてのはねぇ、クソ真面目な顔してクソ真面目な事言ってても、頭の中じゃ真っピンクなことしか考えてないんだからね」
セツ兄ちゃんはうんざりしたようにそう言う。
普段は使わない『クソ』なんていう下品な言葉が、セツ兄ちゃんの抑えきれない苛立ちを伝えていて。
……なんでそんなに怒ってるの?
「どうせ馬鹿な男子が『夏もそろそろ終わるし、プールも入り収めだ』とか言って始まったんでしょ、その企画」
「な、なんで、分かるの?」
「……はあぁ、」
セツ兄ちゃんは自らの額を押さえて、更に深い溜め息を漏らす。
その苛立ったような様子が、いつもの笑顔と違うくて。
「とりあえず、行くのやめなさい」
「……どうして?」
「なんで分からないかなぁ、男なんてねぇ、プールそっちのけで水着見たいだけなんだから」
だから、やめなさい。
いつもの笑顔とは違う、真面目な顔で言われて、思わず怯みそうになる。
……でも、ここで頷いたら駄目だ。
「…………やだ」
「……めーちゃん」
「や、やだ。私、行くもん」
セツ兄ちゃんの顔が見れない。
私は俯いたままに、頭の中で思い描いた台詞を口にした。
確かに、クラスの男子がこの企画を言い出した時、『やだな』って思ったよ。
ウチの高校はプールが無いから、水着なんて中学の時以来だし。
やだな、って。
出来れば行きたくないな、って。
水着のサイズが合わなさそうだったらそれを理由に断ろう、とまで思ってた。
でも。