短編小説1

□未来永劫
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世界を手に入れてから、早数年。

わたし達は中学生になった。

わたしも世界も特に受験なんてしなかったから、わたし達は2人で同じ市立中学校へと通っている。

小学生の時から変わらない。

世界は従順で純情だ。
わたしのいうことは何でもきくし、わたしのためなら何でもする。

世界はわたしのイヌだから。

それはずっと変わらない。
わたし達はずっと変わらない。

ただ。

周りの人間の“目”が変わってしまった。

それは、誤魔化しようの無い事実でしかない。


















『未来永劫』


















「さっき、なにしてたの?」

放課後の、誰も居なくなった教室。
夕日の差し込むそこで、わたしは教室のドア付近で俯く世界に問いかけた。

……違うな。

これは質問じゃない。

尋問だ。

「……ご、ごめ、僕、遅くなっ、」
「そんなこと聞いてないでしょ?さっきなにしてたの、って聞いてるの」

わたしと世界はクラスが違う。
……当たり前ね、姉弟なんだから。

だから、世界はいつもHRが終わったらすぐにわたしを迎えにこのクラスに飛んで来る。
わたしがそう躾たから。

でも、今日は違った。

HRが終わっても。
皆が部活へと消えて行っても。

待てど暮らせど。

世界は来なかった。

「……なにしてたの、って聞いてるの」

本当はその答えを知っている。
世界が来なくて、どうしようもなく不安になったわたしは、世界を探しに、世界のクラスまで赴いたのだから。

その教室で。

世界が、クラスメートの女の子から手紙を渡されているのを見てしまったのだから。

「なにしてたのよ」

わたしを迎えにも来ず。
女の子に笑いかけていた世界。

わたしには怯えた目しか向けないくせに。

「……生意気。世界のくせに」

わたしは変わらない。
世界も変わらない。

変わってしまったのは、周りの人間が世界に向ける“好意の目”だけ。

パパにそっくりな世界。

確かにその骨格はまだまだ甘くて。
声も幼さを残してはいるけれど。

端正な顔。
伸びかけの身長。
ふわふわの髪。

同級生を振り向かせるには十分過ぎる、そのものたち。

……だめ、世界はわたしのよ。
未来永劫、わたしのイヌなんだから。

他の人間になんて渡さない。

「……手紙、渡されたんでしょ?」

そう問い掛ければ、ビクリとわざとらしいくらいに世界の肩が揺れた。
……なに隠そうとしてるのよ。

世界のくせに。

「……見せなさい」

そう言っても世界は動こうとしない。
ただ俯いたまま、小刻みに震える体を持て余して教室の入り口で佇んでいるだけだ。

まったく、手の掛かるイヌだこと。

「世界、聞こえないの?こっちに来て、手紙を見せなさい、そう言ってるの」
「……ぃ、いやだ、」
「あんた、わたしに反抗する気?」

珍しい……世界が否定を表すなんて。
もう散々懲りたと思ってたのに。

……再調教が必要かしら?

まぁ良いわ、それはまた今度。

はぁ、と大袈裟に溜め息を吐いてから、わたしは座っていた椅子から立ち上がる。

がたん。

わたしと世界以外は誰も居ない教室の空気を、そんな耳障りな音が震わせた。
それから、わたしが世界へと近付く上履きの音も。

「……世界」
「み、みーちゃん、」
「出しなさい」

少し前まではわたしの方が高かった身長。
今はもう、ほとんど差が無い。

それでも。

見下ろしているように感じるのは、きっと世界がわたしを見上げているから。
怯えた目をして、わたしを見る、から。

……この目がたまらない。

「み、みーちゃん……ッ」

体を引こうとする世界を壁際まで追い詰めて、鼻と鼻がくっ付きそうなくらいに顔を近付けてやる。

その意味なんて無い。

ただ、世界を追い詰めてやりたいだけ。

「……世界、早くして」
「だ、だめだよ、こ、これはっ……、」
「駄目かどうかはわたしが決めるの」
「ッ……、で、でも、僕、」

どうしてそんなに戸惑うの。
どうしてそんなに迷うの。

今までのあんたなら、涙を浮かべながらでもわたしに従ったじゃない。

……イライラする。

「ぇ、えッ……?みーちゃんッ!?」

世界が、その変声期前の声を更に高くしてわたしの名を呼ぶ。
わたしが、世界の足を膝で圧迫し始めたから。

固い膝の骨で、まだ筋肉の発達しきっていない世界の太ももを押し上げてやる。

渾身の力を込めて。

「ぃ、いたッ……いたい、って!」
「痛くしてあげてんじゃない」
「ッ、やめ、て、よ……ッ」
「だったらさっさと出しなさいよ」


 
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