長編小説

□Dear.
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窓の外を眺める。

一面の青。

どこまでも透き通った、青。
何も無い、どこまでも無の世界。

美しい。

俺達人間の居ない世界。

それはどこまでも、美しい。





















『Dear.』





















人間が地上に住めなくなって、数百年という年月が経つ。

数百年前、大きな戦争の被害者となった大地は毒にまみれ、自分勝手な人間達は地下へとその住居を移した。

そうして、発展を繰り返した人間は、毒の大地を突き進む方法すら作り出してしまった。
強い酸にも溶けない合金、それによって可能になった海を越えた長距離方移動。

全く懲りてねーな。

そんなことを思いながらため息を吐けば、数時間前から同じ車両へと押し込まれた女がびくりと肩を震わせた。

お愛想程度に付けられたガラスの向こうは害があるとは思えないほどの青色。
どうやら浅瀬らしい海の景色へと反射した少女は、先程からちらりちらりとこちらを見ている。

……めんどくせぇな。

が、どうやらこの先の数時間……いや、下手したら数年は関わることになるらしい僚友に、俺は声を掛けることにした。

「素敵な服装ですね。あなたのエリアの民族衣装ですか?とても似合ってる」
「ぇっ……」

べつに服になんて興味は無い。
それくらいしか会話の糸口を掴めなかったから選んだだけだ。

そこまでして話し掛けてやったというのに、少女は目を泳がせるばかりで返事すらままならない。

「キモノ……でしたっけ、それ」
「ぇ、ぁ、あの……」
「僕が乗る前から列車に乗ってらっしゃいましたよね?では、やっぱりご出身はエリアJですか?」
「あの、ぁ、あの……」

ぎゅう、と握り締められた黄色の……それでも白い、小さな手。
上質な刺繍を施された布地にシワが寄る。

そして、そこにぽつぽつと降り注ぐ水玉模様。

「あの、ぁ、の……」

消えそうな声で。

しかし、憎しみすら含んだ強い声で、少女は泣きながら言葉をつむぐ。

「あなたが、噂の……エリアKの“Dear”を……廃棄処分のあれに乗った、パイロット、さん……?」

……ああ、なるほど。

あまりに気弱そうだから整備士かオペレーターかと思ってたら、あんたもパイロットなわけね。

へぇ、そりゃ、まぁ。

「御愁傷様でしたね」

我ながら気の無い声。
無表情に紡いだその言葉を聞いた途端、少女は椅子に座ったまま膝を抱えるように泣き崩れた。

“Dear”

それは、受け継がれる意志。

そして、愛。

「……しょうがねぇよ」

ま、せいぜい。

「自分で最後に出来るよう、頑張んな」





◇◇◇◇◇





数百年前、人類は過ちの歴史を頂点に極めた。

第三次世界大戦。

何をもめてたのか、そんなことは数百年後の我々に知るよしもない。
知られて困る情報は、歴史の教科書には載りゃしないんだから。

とにかく分かるのは、人類はやっちゃいけないことをやっちまったってこと。

地上にバラまかれた生物兵器。

空気は吸えば数分で神経と体を蝕む菌にまみれ、地上には到底人間では相手にできない生き物が溢れてしまった。

そして。

人間達は、作ってしまったのだ。

“Dear”を。

莫大な金……と言っても、きっと当時は金になんて価値は無かっただろう。
莫大な被害を伴って、それは作られた。

進化し過ぎた化学の賜物。

その大きなロボットは、Dearと名付けられた。

五大陸の願いを背負った、五体のロボット……なんて言えば聞こえは良い。
結局、それに伴う被害が大きすぎてそれ以上の数は作れなかっただけだ。

五大陸の願いを背負った“Dear“は、それぞれ名前を与えられ、そしてパイロットを与えられた。

……ここからが問題だ。

“Dear”は結局、人間兵器に変わりなかった。

パイロットの神経を剥き出しにし、機械と繋いで操縦させる。
機械への衝撃は、全てパイロットの脳へと直接叩き込まれるわけだ。

痛み、苦しみ。全て。

そんな機械を操縦し、地上の化け物と戦い続けられる人間なんて、そうそう居やしない。

パイロットは皆、“Dear”に乗ることを拒否した。

……もちろん、そんなえげつない機械を開発するヤツらがそれを想定していないわけがなかった。

研究者達は操縦を拒否したパイロット達に言ったらしい。

「では、あなたの子供に」
「ご両親のどちらかに」
「最愛の恋人に」
「唯一無二の友人に」

代わりに乗ってもらいましょう、と。

世襲性のパイロット……というわけじゃあないらしい。

神経を触れさせあった“Dear”は、最早パイロット本人だと言っていいほどらしい。
パイロットが代わることを“Dear”は拒否する。

サミシイ、サミシイ、って泣く子供みたいに。

だから。

だから、前のパイロットに一番近い人間……パイロットが一番愛する人間しか、“Dear”は決して乗せないんだとよ。

そうして、パイロットは必死になるわけだ。

この苦しみを愛する人に味わわせたくない、ってな。

笑わせんなっつの。

なにが“Dear”だ。
親愛なるあなたへ、だ。

こんな残酷な話、他にねーよ。
















続.
 

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