短編小説3
□彼女の敗因
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元モデルの母から貰った優美な外見と、学者である父から貰った優秀な脳みそ。
運動神経だって、母譲りで悪くはない。
だけど、努力だってしてる。
毎朝30分のランニングも、自宅での予習復習も、寝る前のストレッチも。
一日だって欠かしたことはない。
ただ、それを知らないみんなが勝手に、私の栄光の全てを『天性の才能』だと思ってるだけ。
私だってそれで良いと思ってた。
「あいつは良いよな、努力しなくてもあんなふうに出来て」とか。
「私達には真似出来っこないよ、あの子は天才だもん」とか。
遠目から私を見ているだけの人間が言うことなんてどうでも良かったし、そいつらは一生そうやって生きてれば良いわって思ってたから。
わざわざ訂正して言うような『努力』なんて、口にした途端になんだか土臭い気がして来るし。
みんなから見た私は『欠点の無い天才』で、それで良かった。
そもそも、私だって自分がそうであると疑ったことすらなかったんだもの。
そう、こいつと出会うまでは。
『彼女の敗因』
「……なにしに、来たの」
「僕、やっぱりキミのこと心配で……」
「……大丈夫よ。自分の面倒くらい自分でみられる。私のことはほっといて」
「そんなこと出来ないよ……!」
「とりあえず、ここであなたと話すことは何もないわ。出て行ってちょうだい」
「……そうやってキミはいつも一人で居ようとするよね。……どうしてそんなこと言うんだよ?」
「ここが女子トイレだからですよ」
3限前の休み時間。
2階の女子トイレの個室にて。
用を足したかったわけでもなかった私は、便器の蓋を閉じたままの洋式のそれに座った状態で、同じクラスの山田美幸に見下ろされていた。
山田美幸。
ミユキと書いて、ヨシユキと読ませるコイツは、動物界、脊椎動物門、哺乳綱、霊長目、類人猿科、Homo Sapiens……の、オスに属する生き物。
簡単に言えば、完全なる男子高生。
なぜそんな生き物がこの女子トイレという神聖な場所に居るのか。
答えは簡単。
こいつが変態だから。
「出てけよ山田」
「なんで?」
「なんでって……ここ、女子トイレなんですけど」
「そうだよジュンちゃんここトイレだよ!なんでオシッコしてないの!?おかしいでしょオシッコしなよ!!」
「お前それが目的だったか」
女子トイレに侵入して、個室を上から覗いて、更にはその理由が『排尿する姿を見たかったから』とか。
この三つが揃ったらもう確実にコイツは変態でしょうがよ。
実際は最初の一つでアウトなわけだけど、そこはもう、この山田という男に付き纏われた半年間のせいで感覚が狂っている私には大したことに思えなくなっていた。
クソが、と下品な言葉を飲み込んで、私は山田を見上げる。
「山田、出て行け」
「なんで?」
「だから、なんでって、あんた、ほんっとクズみたいな人間……」
……だめだめ。
アツくなってはいけない。
ここで罵ったら、逆にこいつを喜ばせることになるというのはこの半年間でよく分かっている。
ほんと気持ち悪いわコイツ。
「山田くん」
「なんですかジュンちゃん」
「3限目の授業ってなんだっけ」
「3限4限はクラス対抗のバスケットボール大会だよ」
「うん、そうよね。だから私、体操服に着替えたいのよね」
「だからトイレ来たの?普通に教室で着替えれば良いのに。2組の教室が女子更衣室になってたよ」
「教室で着替えてたらお前が来るからトイレ来てんのよこの変態」
「イイねジュンちゃん。僕はキミのその冷たい声が好きだよ」
ぁ、しまった思わず罵っちゃった。
私を見下ろしたまま恍惚と頬を染める残念なそいつを冷めた目で見つめながら、私は最後の手段を行使することにする。
「山田。あんたがそこに居座る気なら、私は着替えない。着替えなかったら、バスケットボール大会には出られない。そしたらあんたは私の勇姿を見られないわよ」
山田の返答によっては人生初のサボりを経験するハメになる、諸刃の刃。
が、どうやら私はちゃんと授業に出席出来るようである。
なぜならば、私の言葉を聞いた山田は慌てて、それまでよじ登っていた女子トイレの個室の壁から下りたのだから。
「それは困る!」
「でしょ」
「じゃあ手洗い場で待ってるね!」
「なんでだよ。外で待てよ」
そうは言いつつも、ヤツが堂々たる個室覗きをアッサリやめてくれたのは助かった。
私は「衣擦れの音って興奮するよね」とアホなことを言って来る山田を無視して、制服から体操着に着替える。
そうして、久々に出た個室の外。
そこには『待っている』という宣言通り、クラスメートである山田美幸が立っていて。