短編小説3

□彼女の敗因
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「体操着でも美しいね、ジュンちゃん」
「山田くんも見た目だけは無駄に素敵よ。見た目だけは無駄にね」
「え?ジュンちゃん僕のこと好きなの?」
「死にさらせ残念なイケメンが」

そう吐き捨てて女子トイレから出た私を追って出て来るそいつ。

山田美幸。

この男ほど『残念なイケメン』というフレーズが似合う男は居ないと思う。

170cmある私の隣に並んでもバランスを保てる180cm越えの身長に、学校指定のジャージすら着こなす抜群のスタイル。
テレビに出てるそこらのアイドルなんかよりお綺麗な、どこかハーフっぽい顔にはアッシュグレイの髪色も、前衛的な髪型もしっくりくる……って、あれ?

よく考えたら、コイツ、昨日までこんな髪型と色だったっけ?

「山田、右側の髪の毛どうしたの?左側と比べたらごっそり短いじゃないの。お母さん失敗しちゃった?」
「さすがの僕もバーバーママは小6で卒業したよ。昨日、学校帰りに大橋んとこ歩いてたら『切らせてくれ』って言われてさ、着いてったらこんなんされた」
「え?危ないよ路上ライフしてる人に着いて行ったら」
「違う違う。なんかカットモデル?とかいうの探してる?とかいう美容師さんで。タダで良いって言うからカラーまでしてもらっちゃった」

まるでテヘペロとでも言わんばかりの顔に殺意すら覚えたけれど、いちいち構っていてはキリがないので無視することにする。

「ジュンちゃん、ねぇ、ジュンちゃん」
「なに」
「僕さ、ジュンちゃんとの未来について本気出して考えてみたんだけど、」
「可能性の無い構想は虚しさを産むだけよ」

ほんとに、山田は黙ってさえいれば見てくれは悪くないのに。

いや、喋っても大丈夫だ。

山田はそこらの外見ばかり気にしている馬鹿な男共ともワケが違う。

なんてったって成績は常に学年2位。

1位は私だから。

だけど、どうやら山田は私と違って本当に頭が良いらしい。
本当かどうかは知らないけど、勉強らしい勉強したことないって話してたの聞いたことあるし。

それでも、順位は私の方が上。

なのになぜか、私は山田と一緒に居ると酷い敗北感を感じるのだ。

外見のレベルだって、成績のレベルだって、誰が見たって、私の方が上だろうと言うくらいの差はあるのに。

なのに。

私には無いものをこいつは持ってる。

「お、山田ぁ!また北三条さん追っ掛けまわしてんのかぁ?」

突然聞こえた声。
それに思わずびくりとしてしまう私の後ろで、私の憂鬱のタネであるそいつはけらけらと笑った。

「違うよー!グラウンドまで校内デートしてんのー!」
「あはは、犬が散歩してもらってる、の間違いじゃねぇのー?」
「ちょっ、ひどくないですか!?」
「あたしはイトコの1才児思い出しちゃった!歩き始めたばっかでさ、お母さん追っ掛けまわしてんの!」
「ちょっとなんなのみんなして!!」

山田が少し廊下を歩くだけで。
廊下を歩く同級生が、教室でくつろぐ上級生が、先生達が。

次々と山田を中心に集まってくる。

努力したからといって得られるわけではないカリスマ性、それを山田は持っている。

クラスメート達を見下して、教室の隅っこで浮いていた私なんかと違って。

だけど。

私はそれに不満なんて無かった。
それをコンプレックスだとは思っていなかったし、一人は慣れていたし、嫌いじゃなかったから。

私が山田に複雑な気持ちを抱いている理由は、それのせいじゃない。

私が本気で彼を邪険に出来ない理由。

それは。

「純子ちゃん!着替え大丈夫だった?」

グラウンドに出た私を、そんな満面の笑顔で迎えてくれたクラスメート達。
半年前までは有り得なかったそれに、私は咄嗟に返事が出来なかった。

そんな私を後ろからがばりと抱きしめて、山田は人好きのするいつもの笑顔と軽口を惜しみ無く披露する。

「大丈夫だよ!僕が見張ってたから!!」
「あんたが一番危ないんだっつの。純子ちゃん大丈夫だった?この変態に変態的なことされなかった?」
「ぁ……うん、大丈夫……、」
「変態的なことってなんだよ。僕がいつ変態的なことしたって言うの」
「とりあえず今なに考えてるか正直に言ってみな」
「ジュンちゃんの体操着エロイな!体育倉庫とかイイよな!平均台か跳び箱かマット運動の時はカメラ持って来なきゃ!」
「そこまで言えとは言ってない!!」
「言えって言ったじゃん!!」
「そういうのが変態だつってんのよ!!」

そう、私の敗因、それは。

こうやって仲良く言い合いをしているクラスメートと山田を見ている時の、この胸の違和感。

その答えに行き着いたその日から、私は山田に勝てなくなった。

「こんな変態ほっといてバスケ頑張ろ!ね、純子ちゃん!」

そう言って、私の顔を見上げて来るクラスメート。

小さい女の子。

かわいい。

小さくなりたいなんて、そんなことを思ったのも初めてだった。


 
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