短編小説3

□この分じゃ、また俺の勝ちだな
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「とりあえず、俺はお前の尻拭いして来るからそれまで貞操を守れ」
「……聞きたいことが二つある」
「なんだよ早くしろ」

……こいつ、本当に従者なのか。

まぁ良い、まず一つ目。

「尻拭いってなんだ」
「お前がろくに主催役を出来ねぇから代わに動き回ってるマダム・ミムに媚びを売る役すら上手く出来ねぇお前の代わりに媚びを売る役」
「…………すいません」
「おう」

じゃあ、二つ目。

「貞操とは」
「性的な純潔を保つこと」
「いや、だからなぜ」

貞操。

ずいぶん上にあるメルヒオールの真っ黒の目をじっと見上げれば、物凄く嫌そうな顔をされた。

そうして偉そうなそいつはいつにも増して偉そうな態度で大きなため息を吐いてから、口を開く。

「……昨日の話を覚えてるか」
「忘れた」
「よし、覚えてるな。良いか、お前は自覚が足りなさ過ぎる」

だから自覚ってなんだよ。

「お前、今年でいくつになる」
「18かそこらだな」
「今年で19だ、トリ頭。うちのお館様はもう居ない、奥方も隠居済み、しかし領地だけはアホほど広い。こんな良い物件なかなか無ぇぞ」

そう言ってメルヒオールは頭痛がするかのように目をつむって頭を押さえ、そうして再び私を見下ろした。

「つまりだ、お前がどんなにアホで醜くて武術しか取り柄の無いゴリラのような女だとしてもだ、」
「剣を抜け貴様」
「いや、そうは思ってない、待て、落ち着け……ってテメ、どこにそんなもん隠し持ってやがった」

メルヒオールが『そんなもん』と言った短剣は、足にベルトで縛り付けておいたものだ。

突き付けられたそれを私から奪いながら、それでもメルヒオールは続ける。

「とにかくだ、頭のカタいことで有名なお前相手でも、既成事実さえ作っちまえばこっちのもんだって言ってるやつはこのホールん中にもごまんと居るってわけ。お分かり?ご主人様」
「……お前の妄想癖にはほとほと呆れる」

そんな人間がそうそう居るわけがない。

付き合ってられるか。

わざとらしいと分かるくらいのため息を吐いて、私は馬鹿な従者に背を向けた。
しかし、そんな私の腕を、メルヒオールは珍しくも引き下がるように掴んだのだ。

……やめろ、みっともない。

「やっぱ駄目だ、お前も一緒に来い」
「マダム・ミムは苦手なんだよ。勘弁してくれ」
「フェリシー!」
「こんな大広間で名前を呼ぶな、みっともないだろうが。お前はな、いちいち考え過ぎなんだといつも、」
「フェリシー」

だから、と今度こそ横っ面の一つや二つ張っ叩いてやろうと振り返った私に、メルヒオールは私以上に怒りをあらわにした顔を向ける。

「……なんだ、お前、」
「フェリシー、賭けたって良い。お前は絶対に厄介事に巻き込まれる」
「…………ああ、良いさ。賭けよう」

そんなにお前が言うなら賭けをしようじゃないか。

「私が勝ったら、しばらくは私に偉そうなこと言うなよ」
「……俺が勝ったら?」
「お前の望みを叶えよう。なんなら土地をくれてやっても良い」
「土地なんざ要らねぇよ。……そうだな、一回だけ命令を無視する権限を」
「……そんなので良いのか?」

あまりにも欲の無い発言をする従者に驚きの目を向ければ、従者はまたなにか嫌そうな顔をして私を見つめる。

「だからお前は自覚が無いって言ってんだ、フェリシー。そんで酷いトリ頭だな、昨日の今日だぞ」
「……それはどういう、」
「いや、もう良い。マダムがお待ちかねだ、俺は行ってくる」

そう言って、なにかをごまかすようにメルヒオールはホールの奥にある主催席へと優雅な足取りで歩いて行く。
真ん中でワルツを踊る女性達に、失礼にならない程度の挨拶をしながら。

……あいつがただの騎士の家系の子で、更には称号すら受けていないと言って誰が信じるんだろう。

そんなことを思いながら彼を見送ったのが、約1時間ほど前のこと。

1時間後、私は激しい後悔にかられていた。

「なかなかあなたに近付く機会が無くて」
「…………はあ」

大広間から少し離れた、我が家の庭園。
その端に存在する小さなあずまや、薄暗いそこで、私は名前も知らない男にひざまづかれている。

……なんだ、この状況。

あれから……メルヒオールと別れてから、さすがに城主として挨拶をしないわけにはいかず、しばらくは苦痛でしかない社交辞令のダンスや会話をしていたのだけれど、慣れないコルセットや華奢な靴に体はすぐに悲鳴を上げた。

そう時間も経っていないが、夜通し行われる舞踏会には付き合いきれない。
そろそろ部屋に戻りたいと、そう弱音を吐こうかとメルヒオールの姿を探せば、メルヒオールは相変わらず社交界の人気者だった。

色とりどりのドレスを纏った貴族の令嬢に囲まれて笑っているそいつを見たら、なんだか知らないけれど息が苦しくなって。

こりゃ慣れないコルセットに限界が来ているなと判断した私は、彼にはなにも告げずにとりあえずは庭に避難したのである。


 
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