短編小説3

□忘れるな、俺たちは対等じゃない
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……どうしよう。

私、どうしたら良いの、お父様。

「喜ばしいことですよ」
「お受けするべきです、フェリシー様」
「このお話さえ上手く行けば、街に広がる不穏な空気も治まりますよ」

黙ったままの私の前で、父の代からこの国を支えてくれていた助言役達は皆して喜んでいる。

当たり前か。

上手く行けばこの国一帯が安泰となる話が舞い込んだのだから。

「お受けなさい、フェリシー様」

……昨日の、舞踏会の後。

いや、後というのもおかしいか。
舞踏会は一晩中続けられ、今朝お開きとなったばかりなのだから。

正しくは、私とメルヒオールが揃ってホールへと戻ってから。

私は、求婚されたのだ。

若き隣の領主から。

「……やっぱり、受けるべきだろうか」
「もちろんですよ。あなた様のためにも、民のためにも」

そうだな、それが一番に違いない。

民の安心を一番に考えるならばそれが一番に決まってる。
領主として、長として、我を殺してそうすべきなのは分かってる。

……でも。

「……すまない、少し外させてもらう」
「フェリシー様……」
「はは、大丈夫。ちょっと外の空気を吸うだけだから」

どうしても素直に受け入れる気になれなかった。
なんだか胸の蟠りが取れなくて。

しかも、それがなにかも分からない。

それが気持ち悪くて、苦しくて。
コルセットはもうとっくの昔に外したというのに、苦しくて。

私は庭へと足を向けたんだ。

そこに彼が居ることを、知っていて。

「…………メル」
「……あいつら、なんて」
「受けた方が良いって」
「そらそうだろうな。俺でも分かる」

そう言って、メルヒオールはどこか自嘲するように笑う。

……そうだよね、メルヒオールもそう思うよね。
誰が聞いてもそう言うに決まってる。

「領主の一人息子で将来を約束されてて、地位争いも起こってない。品行方正」
「……私には勿体ないよ」
「はは、見合いを断る台詞にしちゃ上等なんじゃないか?」

その、言葉で。

私の胸に花が咲いた気がした。
一筋の光が射したみたいな気分だった。

だから、私は言ったんだ。

顔を上げて、無理矢理に笑顔を作って。
なぜか、縋るような気持ちになりながら。

「……メル、メルは、どう思う?」
「どうってなにが」
「だから、私が…………結婚した、方が、良いって、」

そう、思う?

「わ、私は……、メルが寂しいって……どうしてもって、言うなら、断っても良いって、思ってて……だから、その、」

どう、思う?
そう言って、縋るように彼の顔を見上げた私に。

昔からずっとずっと一緒だった彼は。

いつもみたいな偉そうな顔でもなければ、嫌そうな笑顔でもない。
どこか寂しそうに、地面を見つめたまま、呟いたんだ。

「……フェリシー」

……なに。

「…………忘れるな、俺たちは、」

対等じゃない。

そう、悲しそうに呟いて。
メルヒオールは私へと背を向けた。

その言葉を聞いた瞬間襲って来た絶望感。
お父様が死んだあの日より、ずっとずっと、息が詰まるような苦しさ。

目の前が真っ暗になるくらいの。

そうして庭の草に座り込んで、初めて気付いた。

私はメルヒオールに止めて欲しかったんだ、って。

あの偉そうな、従者であり親友である、あの男のことが、好きなんだって。

初めて、気が付いた。









『忘れるな、俺たちは対等じゃない』
 

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