短編小説3

□僕のヒーロー
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小さい頃から体が弱くて、小さくて、女の子みたいで。
いじめられっ子で、泣き虫で。

そんなボクを守ってくれたのは、いつもマナトくんだった。

ボクが泣いてるとどこからともなく飛んで来て、その意志の強そうな目を吊り上げて、「じゅんぺー泣かしたのどいつだ!」ってみんなを蹴散らして。
時には年上にだって向かって行って、傷だらけになっても「大丈夫」って笑ってた。

マナトくんはボクのヒーローだった。

それは今だって変わらない。

ボクの身長がマナトくんのそれよりもずいぶん高くなって、筋肉がついて、声も低くなって、骨格が変わっても。
ボクのヒーローはマナトくんだけだし、ボクの顔がどこか女の子のようなのもちっとも変わらない。

みんなが言うんだ、「淳平くんは女の子みたいにキレイなお顔ね」って。

ああ、そうだね。

いっそ女の子なら良かったのにね。




















『僕のヒーロー』





















ずっとずっと、女の子になりたかった。

小さくて、可愛くて、ふわふわで、きらきらしてる。
お姫様みたいな女の子に。

中学校に入ってボクの身長が伸び始めた時、両親もお姉ちゃんも、マナトくんだって、ボクに「良かったな」って言ったけれど、ボクにとってはただの悲劇の始まりでしかなかった。

毎日毎日、体が痛くて、そのうち声が出なくなって。

小さすぎて着れなくなった制服と、まるで別人のように低くなった自らの声を前にした時、ボクはひとり、部屋で泣いた。

女の子になりたかったのに。

マナトくんにずっと守ってもらえるなら、スカートだって長い髪だって、なんだって耐えられると思っていたのに。

それらはどんどん似合わなくなって行く。

少し運動しただけで付いてしまう筋肉も、目立ちにくいとはいえ確かに存在する喉仏も、なにも要らなかったのに。

毎朝、ボクは絶望するんだ。

こんな風になってしまったボクは全部悪い夢で、本当はマナトくんにお似合いの小さな女の子なんじゃないかって、そんな幻想を抱いて。

目が覚めるたびに、そんな幻想こそ夢なんだと突き付けられて。

悪い魔法の眠りから覚めるのには王子様のキスが必要なんだって、そう幼稚園で言っている女の子が居たけれど。

それすら、受ける権利があるのはオヒメサマだけ……女の子だけ、なんだ。

「ほら!じゅんぺー!起きろ!」

ピピピピピ、という耳障りな目覚まし時計のベルの音と、耳に心地好い声。

ゆっくりと目を開けば、今日も変わらずに可愛い、ボクのヒーローがそこに居た。

「……おはよ、まなぶくん」
「おお、早く起きろ。遅刻すんぞ。あといつも言うけど俺マナトな」
「ああ、うん、そうだね。ごめん」

マナトくんには言ったことがないけれど、ボクは起きぬけには彼の名前を呼ばないことにしている。

こんな理性もなにもかもが寝ぼけた状態でまともに彼を認識してしまったら、ボクはなにを仕出かすか分かったもんじゃない。

「俺、今から味噌汁に味噌入れに行くからな、お前ちゃんとカオ洗って髪とかして制服着替えとけよ、アタマすげーぞ」
「……お母さんは?」
「アホ。おばさん今日は本社行くから早えって、昨日言ってただろ」
「……そうだっけ」
「そうなの。とにかく俺はいちいちお前に構ってらんねえからな、早くしろよ」

そう言って制服姿のマナトくんはスリッパをパタパタいわせて台所の方へ消えて行った。

……マナトくんは、優しい。

ボクの家族は両親と姉が一人と猫が一匹。

だけど、お父さんは単身赴任、年の離れたお姉ちゃんは美容師免許を取った途端に一人暮らしを始めてしまって不在。
お母さんは頻繁に本社のある東京に行ってしまうから、そうなってしまえばボクは家にほとんど一人きり。

そんなボクを、マナトくんはほっとかない。

お母さんが居ない日はこうして朝起こしに来てくれるし、今日みたいにごはんを作ってくれる日もある。

……一人きりの可哀相なボクをほうっておけないんだろう。

優しいひとだから。

夢の中で自分がどんなふうに汚されてるかも知らずに、無邪気にボクに笑いかけて。

こんなボクなんかに。

そんなことを思いながらベッドから出れば、ニャア、という鳴き声と共に、フミさんがボクの足に擦り寄って来た。

……ああ、そうだね、一人きりじゃないね、ボクは。

「ごめんね。おはよう」

ふわふわの体をもしゃもしゃと撫でてから、ボクはそのまま習慣的に鏡を見上げた。
そこには、空き巣にあった鳥の巣以上に乱れたピンク色の髪の毛。

「…………わお」

思わず声が漏れる。

……これは洗わなきゃどうにもならないかも。

昨日ドライヤーを怠ったせいで天然無造作ヘアになっているそれは、美容師である姉に染めてもらったものだ。
『どんな色にする?』と聞かれて、当時のボクはこう答えた。

『女の子みたいにして』

その時のボクの頭の中にはクラスメイトの女の子や、テレビで見る女の子の、可愛らしいチョコレート色の髪の毛が浮かんでいたのだけれど、どうやらボクと姉は脳の作りが違うらしい。

髪に液体を付け、1時間ほど待ち、シャンプー台から戻ったボクが見たのは見事に桜色になったふわふわの頭だった。

それはもう見事なモモレンジャー色。

マナトくんのお姉ちゃんが昔使ってたカーテンみたいな、キレイな薄ピンク。

『うん、キレイに出たわね』
『…………女の子……そっちかー』
『え?気に入らない?』
『んー……キレイだとは思う』
『じゃあ良いじゃん。似合ってるよ』

でもそういうつもりじゃなかったんだよ、とは思ったものの、何度か染め直した今も、ボクはこの髪色を変えていない。

だって、マナトくんが『キレイな色』って言ってくれたから。

ボクはそんな一言だけで十分なんだ。


 
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