短編小説3

□はじまりはボンネットから
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始まりは単純なことだった。

幼なじみに、自分のじいちゃんがうちの学校の校長に有名な絵を騙し盗られただとかで元気が無いからって、その絵を取り返して欲しいと頼まれただけ。
そりゃ私の家はイマドキ珍しい錠前屋だし、私もちっちゃい頃からいろんな器具で鍵開けて遊んだりしてたけど。

だけど、うちの学校のセキュリティをどうにか出来るわけがない。

そう言った私に、幼なじみは……同じ商店街の跡取り仲間でありクラスメートである丹羽佑太は、己を指差して笑ったのだった。

セキュリティは俺がなんとかする、って。

さすが電気屋の一人息子で、犯罪まがいのパソコンオタク。

そうなってしまえば私に断る術なんて無いわけで、ついに私達は満月の夜に計画を実行したのである。

佑太がセキュリティをハッキングして、私が校舎に侵入、鍵を開けて、絵を盗り返す。

明らかに私の方が負担が大きいけれど、中国雑技団に入れとまで言われた私と違って運動オンチな佑太を下手に連れて行ったところで邪魔になるだけ。

私達は見事に計画を成功させた。

校長は被害届を出さなかったらしく、大事にはならなかったのだ。
そりゃ騙し取ったんだから被害届なんて出せるわけないわよね。

とは言っても、私達がしたことは犯罪には変わりない。

もう二度とやるまい、私はそう決意した。

が、しかし。

共犯者である幼なじみは違ったらしく、どこからともなく次々と“盗み返し”の計画を持ってくるのだ。

そして、私もそれになし崩しに付き合わされ……現在に至る。

「……ということもあり、急遽産休に入られた川西先生に代わり、今日から世界史を受け持ってくださる久遠先生です」
「このクラスで世界史を教えることになりました、久遠です。どうぞよろしく」

…………眠い。

1限目前のHRだというのに、私は現在酷い眠気と戦っている。
まぶたが重くて、目が開かない。

「こっちに引っ越して来たの最近なんで、学校のこと以外も教えてもらえると有り難いです」

教卓では担任と、産休に入った川西の代打らしい先生がなにやら挨拶しているけれど、その低い声すら私には子守唄のようで。

意識が夢に溶けては引き戻されて、私はいわゆる船漕ぎ状態。

結局私は新しい教師のツラを見ることもなくHRを終え、1限目の授業の準備を寝ぼけながらしていたのだけれど。

そんな、私に。

「おい、なんつー眠そうなカオしてんだよ。今日、大丈夫なんだろうな?」

幼なじみであり共犯者である丹羽佑太はそう言って、私の肩を小突く。

眠そうなカオ……って。

「仕方ないじゃん。てかアンタのせいでしょ、昨日もバカみたいに何回も何回も何回も手順の確認ばっか」
「あったりめーだろ。今日のは市営美術館だぞ。いつもと勝手が違うっつの」
「……そう言えばさ、今回は予告状出さなかったの?全然騒がれてないけど」
「出したよ?ただ、今回はあんま大事になっちゃ困るじゃん?なんてったって市営なわけですし」

お偉いさん達が困るようなことを警察さんがするわけねーよ。
そう言って佑太は笑う。

て言うか、さ。

「べつに予告状とか出さなくて良くない?裏事情のせいでどうせそうそう公開されないんだし」
「ばっか。怪盗は怪盗、高校の盗みに入ったのは別人、って分けとかねーと、ヘタ踏んだ時、生徒だってすぐバレる」

そう、お分かり?と私の顔を覗き込む佑太の言い分はこうだ。

もし私達がこのままずっとこの盗みを続ければ、校長もその話題に乗って被害を自分の都合の良いように打ち明けるだろう。
そうなれば警察は全てを同一犯として捜査をするだろうし、更にはコトの発端であった校長室への盗みが一番細かく捜査されることになるはず。

それが、『犯人は生徒だ』ということに繋がらない保障は全く無い。
いや、むしろそうなるはずだ。

だから。

私達は足が付かないようにと、二回目からの盗みには予告状を出している。

「怪盗って……いまどき怪盗ってなによ、ほんと……」
「良いじゃん。さすがに最近、この町以外でもネットとかで微妙に騒がれてるよ、怪盗セーラー服」
「うわなんか変態臭すごいなそれ」

改めて聞くとすごいイヤ。
て言うか今思ったけど、なんで私はコスプレ用のセーラー服で盗みさせられてるの。

「俺の趣味?」
「よぉし歯ぁ食いしばれー」
「うそうそ。警察もまさか本物の女子高生がセーラー服着て盗みするとは思わないでしょ。裏をかいてるわけよ、裏を」
「ほんとは?」
「俺、初恋がヴィーナスなんだよね」
「……そんなこったろうと思った」

ああ、そんなこと思い始めたら今夜の盗みがイヤになって来た。

無意識に漏れた、重い溜め息。
しかし、それにコミュニケーションはパソコン相手オンリーの佑太くんが気付くはずもなく。


 
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