短編小説3

□コーヒー&チョコレイト
2ページ/3ページ


そう言って、何かから逃れるかのように走り出すタニー。
揺れる魅惑のEカップにグラウンド中がくぎ付けになる中、なぜかあかねちゃんだけが私の方を向いていた。

何も言わず。
ただ、じっと、佇むように。

……なんだろう?

タニーといい、あかねちゃんといい、今日は何かがおかしい。

『気をつけろ』って、なにが?

その答えは、案外早くにやって来た。



◇◇◇



「はい、これ」
「……なんだ、これ」
「いつものやつだよ。アドレスとIDが書いてあるから、どっちかに連絡欲しいって」

放課後の図書室。

大会が近い運動部の助っ人を引き受けたらしいあかねちゃんを待つために、私とハルくんは一番時間を潰しやすいその場所で、当然のことながら本を読んでいた。

そして、私は思い出した。

今日も、同じ学年や違う学年、下手をすれば他校の女の子達からメモを預かっていたことを。

「渡すのしばらく忘れてたから、3日分はあるかも……ごめんね、忘れてて。今回はかわいい子がすごく多かったよー」
「…………」

私が差し出すそれを、ハルくんはじっと見下ろすだけで、受け取らない。
その目は、少し怒っているようにも見えた。

きっと、他の誰かが見たところで“いつも通りの無表情なハルくん”と言うだろうけど、私には分かる。

ハルくんは、怒ってる。

……どう、しよう。
めったに怒らないハルくんを、怒らせた。
あかねちゃんを怒らせるのとは、わけが違う。

口の中が少し乾くのを感じた。

「ご……ごめんね、ハルくん」
「……なんで謝るの」
「ハルくん、怒ってるでしょ?」
「…………少し」

……やっぱり。

私がメモ渡すの、忘れてたから……!
そりゃそうだよね、メッセンジャーがメモ渡すの忘れててどうするのって話で、ほんと、ほんとに……。

「ほんと、ごめんね……メモ、今度から、忘れないよう渡すね……」
「……茅乃、ちょっと違う」

ハルくんが更に眉をしかめるのが目に入った気がしたけれど、言葉は止まらない。

申し訳なくて、申し訳なくて。

私はぎゅうっとハルくんの袖口を掴んだままに、目線を落として謝るしかなかった。

「二人には、幸せになってほしいもん」
「…………」
「だから、今度からはちゃんと、メッセンジャーします。良いひと、居ると良いね。ぁ、そうだ!あのね、今回ハルくんにって預かったひとの中にね、ハルくんにぴったりな和風美人さんが居て、」
「茅乃」

おもむろに呼ばれた名前。

いつも低いハルくんの声が、更に低くて。
ヘンだなぁ、なんて思いながらハルくんの目を覗き込めば。

シンプルなデザインの眼鏡の奥、ハルくんの真っ黒な瞳が冷たく私を見下ろしていた。

え……?ハル……くん?

「怒って、る……?」
「すごく」

なんで?
そう問い掛ける暇も無く、ハルくんによって私は無理矢理に席から立たされ、本棚の奥へと引っ張られてしまった。

大きな手によって、握られた手首。

それでも優しいそれが、昔から私を甘やかすハルくんらしくて。

くすくすと笑っていたら、いつの間にやらなかなかに真剣な顔で迫られていた。

「メモ、もう受け取らなくて良いから」
「え、なんで?」

背中には本棚。
見上げれば、ハルくん。

横を見れば、ハルくんの腕があるわけで、つまりは噂の壁ドンなわけで、いや本棚ドン?
とにかく少女マンガのようなシチュエーションにも関わらず、私のドキドキは主に『ハルくんを怒らせてしまった』という恐怖心へと向いている。

「今度からちゃんと渡すよ?」
「要らない」
「でも、かわいい子がいるかもだし、」
「茅乃より可愛いヤツなんて居ない」
「ああ、ありがとう、ハルくんいつもそう言ってくれるよね。でも、」
「茅乃以外、要らない。茅乃は?」
「…………私?」
「俺は茅乃が良いし、茅乃には俺が居るだろ。それで良いじゃないか」
「…………」

……ハルくん、そういう言い方すると、勘違いする子居るよ、たぶん。

「勘違いじゃない」
「いやいや、そうじゃなくて、」
「俺は茅乃が好きだ。……わかって、頼むから」

そう言って、ハルくんは私を抱きしめて。

苦しそうに息を漏らす。

……さすがに、ちょっとびっくりした。

あれ?ハルくんてこんなに体おっきかったけ?
背が高くて、細身なのに、体はやっぱりしっかりしてて、頭皮で感じる鎖骨がごつごつして痛いし、なんか、あれ?

なんか、なんか……!!

どきどき、してる……?

自覚してしまえば、最後だった。

「は、ははははハルくん……っ、ちょっと、あの、ここ、図書室だから、あの、」

かあ、と頬が熱くなって行くのが分かる。
抱き締めてくるハルくんを引きはがそうにも、だらんと両端に垂れたままの腕は、ハルくんに触れることも出来ない。


 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ