短編小説3

□家に帰ると妻が女装の準備をしています
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私が姓を東宮から相原に変えてから早一年の歳月が経とうとしているが、私にはどうしても気になっていることがある。

しかし、私はそれを誰か他の人間に相談することも出来ずにいた。

なぜなら、それが夫婦の問題だからである。

しかも、かなりコアな部分の話になるわけで……なかなかそれを人様に話して良いものかと躊躇いがあるわけだ。

……つまり。

馨が私に女装してでの性行為を求めてくるんだが、これは普通なのだろうか?





















『家に帰ると妻が女装の準備をしています』





















私の知る“相原馨”という女は、そこらの男より何万倍も男らしい女だ。

思い切りが良く、懐も深い。

私達は中学と高校を通した6年をまるで悪友同士のように過ごし、いつの間にか惹かれ合っていた。

とは言っても、やはり悪友のような関係に変わりはない。

関係に“夫婦”という名前が付いたところで、私達の生活はあまり変わらなかった。
変わったことと言えば、夜に戯れるように体を重ねるようになったくらいだ。

そう、戯れ。

私達のそれは“愛の営み”というには少々色気に欠ける程度の戯れだ。

それに不満は無いし、私達にはそれが似合いなのだと私は思っていた。
そして、馨もそう思っているものだと確信していた。

そう、あの日までは。

「道行、これ」

午後11時過ぎ。

実家での稽古を終えて自宅に帰り、食事と風呂を済まし、さぁベッドに入ろうと掛け布団をめくり上げた私の前に突き出された深い紺の上質な布。

顔を上げれば、パジャマ姿の相原馨が私を真っ直ぐに見つめていた。

「……なんだ、これ」
「ワンピース」
「なんで、ワンピース」
「着て」

そう言って相原馨は……私の最愛の妻は、少し強張っているようにも見える表情で言い切る。

…………ワンピース。

確かに私は中高を通したの6年間を女性として生きていた。
今も舞台には女として上がる。

しかしそれは仕方なく、だ。

決して趣味などではない。

だから、今そのような格好をしろと言われると正直抵抗があるわけだ。

する意味も分からんしな。

「お断りします」
「え、なんで」
「なんでって……化粧してないとさすがに女には見えないだろ」
「道行は綺麗よ」
「いや、さすがにもう……」
「綺麗だから、ねえ、おねがい」

そう、珍しく少し舌ったらずに言う馨。

僅かに潤んだ目で見上げてくるその胸元は無防備に緩んでいて、白い肌にあらぬ考えが浮かぶ。

しかし、ここで欲に負けてはいけない。

スカート穿いて妻を抱くとか変態過ぎるだろう、さすがに。

こく、と無意識に鳴った喉をごまかすように咳ばらいをしながら、私は縋り付いてくる妻の肩を押した。

「馨、あのな……」
「これ着た道行としたい」
「ッ、あのなあ!」
「……だめ?」

そう言って、完全に熱を孕んだ目をする馨は、私の肩を押し返してベットへと倒すと、その肉付きの良い柔らかな太ももで私の腹へと跨がる。

そうして。

「……ね、しよ。道行」

…………妻にこうして乗られ、断れる男がいるだろうか。




◇◇◇




……結果。

盛り上がった。

正直すごく盛り上がった。

精神的に複雑なほどに盛り上がった。

正直複雑だ。ああ、複雑だとも!

「はあ……」

重い溜め息をついたつもりが、どこか先程の熱が残ったままの自らの声に嫌気がさす。

馨がシャワーを浴びに行ったこの寝室に残されたのは、ぐしゃぐしゃのシーツと濃い空気と妙に冷静な私だけ。

なぜ馨だけがシャワーを浴びに行ったかと言えば、私の腰が立ちそうになかったからだ。
今もだるいそこは、実は全くと言って良いほど使っていない。

私達の行為に主導権というものは無い。

しかし、今日は完全に馨に主導権があったはずだ。

私は声を我慢するのに必死だったからな。

なんだあいつ。
あの技術。

相原馨、恐ろしい人間だ。

と言うか、先程までの自分の痴態を思い出すと3度は死ねるな。
なんだ、ワンピース着て、女に「キレイだ」などと囁かれ、更にはただされるがままに、あんな…………。

「…………」

ベットに座り込む私の隣には、ぐしゃぐしゃになった紺のワンピース。

いろんな液体……主に私の体液で汚れたそれは見るに堪えず、私はその上質な布を丸めてダストボックスに投げ込む。

なんだったんだ、本当に。

いつもはあんな乗り気じゃないくせに。

なんだ、女装した私が好きなのか、あいつは……ははは、そう言えば女子校だったはずの白樺学院でもあいつにはコアなファンが付いてたからなぁ、はははは……は、は、は……は……………ッ!?

いや、まさかそんな。

いやいや、私は偏見などは持っていないがまさか。

思い当たったその考え。

確かに母校であった白樺女学院は、校内でのカップルが少なくはなかった。
椿ぼたんや山本さくらのように、男性教諭や事務員と付き合っている方が珍しかったくらいだからな。

…………いや、ははは、まさかな。

「道行、お風呂お先」
「ッ……!?」

突然の声に肩が跳ねる。

寝室へと戻って来た馨は新しいパジャマを身につけ、バスタオルを頭にかぶったまま不思議そうに首を傾げた。

「どうしたの?」
「いや、お前……」

もしかして。

しかし。

「…………いや、なんでもない」

私は緩く首を振ってそう呟くことにした。

なぜ?

残念だがな、一晩に二回も負け戦をするほど私のメンタルは強くは出来ていないんだよ。

笑いたきゃ笑うが良いさ。

「ふはっ、道行、まだ膝震えてるよ」
「やかましい」

貴様は笑える立場か、この馬鹿。

















完.

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