短編小説3

□ゼンマイ先生
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じーさんが死んだ。

7月の終わり、大学の試験が全部終わったら盆にでも顔出しに行ってやっかなー、なんて思ってた矢先のことだった。

じーさんは昔の人にしてはユニークで、柔軟な考えをしていて……まぁ有り体に言ってしまえばかなりの変人だった。

大きなお屋敷にはどこで買って来たかも分からないようなものばかり遺された。
おばあちゃんは早くに亡くなっていたからじーさんの財産は親戚達にそれぞれ分けられることになったわけだけど、そりゃもう変なものしか遺ってなかったわけよ。

そうして、数多くいる孫の一人であった私は一つのペンダントを貰った。

遺言書にはこうあった。

“秋生にはネジを遺す。それで頭のネジを巻け。そのネジはお前を守ってくれる”

頭のネジが緩んでたのは貴様だろうがこのクソジジイ……きっとその場に居た誰もがそんな風に思っただろう。

※じーさんはとても愛されていました。

そうして私はじーさんが“ネジ”と称した、どう頑張ってもちょっとオシャレなカギにしか見えない、古ぼけた金のペンダントを貰ったの。

守ってくれる、とじーさんが言うのだから、きっとどこかの国のお守りみたいなものなんだわ……なんて思いながら。

でも正直に言えば、その時の私は内心舌打ちしたのよね。
だって、遠縁のいとこですら、もっとすごい物を貰ってたんだもの。

……そう、この“ネジ”の価値を、その時の私は知らなかったのよ。























『ゼンマイ先生』























さぁて、皆さん、夏休みはいかがお過ごしでしょうか。

学生は宿題がんばれ!

社会人は盆を楽しめ!

小学生の諸君は絵日記なんかを書いているのかな?

あれ大変だよね、そんな絵日記に書くほどのビッグイベントなんて花火大会とか海水浴くらいしか無いもんねぇ。

でもね、お姉ちゃんは今すごい絵日記書けそうな体験してるよ!

聞きたい?

今ね、目の前に死体があるんだよね!

「…………ひ、ひい!」
「……やっぱ死んでるよな、これ」

これが死体以外の何に見えるっつーんだ、このクソオジが。

そんな暴言すら声にならない。

「コレどないしよ、あきおちゃん」

そう言ってソレを指差すのは私の母の弟……つまり私にとっての叔父であり、本日こうしてじーさんの屋敷に私を呼び出した張本人である。

8月某日、大学の試験を全て終えた私は実家でぼんやりと夏休みを謳歌していた。

夏休みにぼんやりする、最高よね。

しかし、そんなぼんやりを妨げるメールが一通届いたわけですよ。

差出人はさっき説明した通り、私の叔父であるマサキおじちゃん。
内容は確か、夏休み中にじーさんの屋敷のハナレを掃除したいから手伝ってくれ、とかそんなんだったと思う。

ハナレに欲しいもんあったらやるから、とかも言ってたかな?

別にじーさんが集めてた珍コレクションには全く興味無かったけど、ヒマなこともあって、私はこうして葬式以来……と言っても十数日しか経っていない、じーさんの屋敷へと舞い戻ったわけである。

そして。

私達は見つけたのだ。

ハナレの奥の奥、まるで隠されるかのように存在したその部屋で倒れていた死体を。

「金田一コスプレ……」
「え?ハジメちゃんがなんて?」
「バーカ、じっちゃんの方だよ。これだから今時の若いもんは……」

そう言って、母とはかなり年の離れた……実は養子の叔父(30)は死体を見下ろす。

金田一コスプレ、と称されたその死体は、確かに大正、もしくは昭和始めくらいの服装をしていた。

真っ白な丸衿シャツの上に麻の着物と袴を身につけ、首にはマフラー。
すぐ横には真っさらのマントと丸メガネが転がっている。

……絶望先生やん。

その言葉は飲み込むことにした。

「ちょ、これどうするんだよ?」
「私に言うな!!どうにかしてよオジちゃん、跡取りでしょう!?」
「え、とりあえず救急車?つーか、いつから倒れてんだ、これ」

そう呟きながら、オジちゃんはそっと脈を確かめるようにして死体に触れる。

「…………あかん、アキたん」
「……なによ」
「やっぱ完全に冷たい。死んでる」
「え?カチカチ?」
「いや、死後硬直は…………むしろなんか、ぐにぐにして……触ってみ?」

お断りします。

「しっかし、このクソ暑い部屋でこんな、よく腐らずに残って……」

そう言ってオジちゃんはぐるりと部屋を見渡した。
その頬には幾筋も汗が伝っている。

……確かに、暑い。

エアコンの無いこの部屋はまるで蒸し風呂のようで、私も先程から汗が止まらずに居た。

こんな部屋で死体が腐らずに残るなんて有り得ない。

そんなことを思いながら、私はどこか引き付けられるかのように死体へと近付く。

ひたり。

「……つめたい」

触れた頬はぐにぐにとしているものの冷たく、とても有機物とは思えなかった。

そのまま力を入れて、上を向かせる。

ごろん、と転がった頭。

さらりと流れた黒髪の間から見えた死体は、綺麗な死に顔で。
私は思わず見入ってしまう。

「私と同い年くらいかな?」
「…………」
「ちょっとだけそばかすあるね」
「…………」
「おい聞いてるかオッサン?」

無反応なオジちゃん。

さすがに腹が立って振り返れば、腕を組んで考えモードのその人。

え、なに名探偵ゴッコですか?


 
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