短編小説3

□ハンサムな彼女
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梓川裕哉、2●歳。

泣かした女は数知れず、俺も俺なりに必死こいて恋愛して来たりもしましたよ。

だけど、これは……。

こんなことは、今まで思ったことも、考えたことも、なかったのに。























『ハンサムな彼女』






















響ちゃんと出会ってから、しばらく経ったある日のことだ。

湖子も無事に店に帰って来て、東京の店も安定して来たこともあり、俺は本格的に会社を興す準備を始めていた。

元々、ホストクラブを始めたのも会社を興す目標に向けた筋道だったからな。

ただ、いつ店を譲るか、そのタイミングを計りかねていた俺に、響ちゃんが『ホストとは付き合わない』と言ったことが決定打になっただけで。

そんなに簡単に俺がホストを辞めるとは思わなかったんだろう。

そのまんまるの目を更に大きくして、かぱ、と口を開けっぱなしにしていた彼女の幼い顔立ちを思い出すと今でも笑けて来る。

「……なんですかユウヤさん……心底気持ちが悪いです……」
「うっせえよナポリタン」
「一つ言っておきますが、ナポリタンはナポリじゃなく神奈川発ですよ」

そう言って俺の隣で漢字ドリルに勤しむ金髪碧眼の女々しい男は、俺の唯一にして最愛の妹である湖子を誑し込んだイタリア人もどきである。

「うるせえテメエの国の知識とかどうでも良いんだよ」
「ちなみにユウヤさん、知識のチって字の部首はなんて言うんですか?」
「クチヘン」
「はい違いますね答えはヤヘンです」
「お前マジいつかシチリアレモン詰めにして地中海に沈めてやっかんな」
「なにそれオシャンティ!!」

そんな、目下漢字学習中のイタリア人ハーフ、ミツナリがなぜそんなことをしているかと言えば、俺の会社を手伝わさせるためである。
そりゃ湖子を取られた恨みつらみは消えねぇが、こいつの処世術および社交性を逃す手は無かった。

あとはこいつに日本文化と漢字と空気の読み方を叩き込むだけだ。

「処世術ってなんかエロいですよね」
「え、なにお前女は処女じゃないといやだとかそういうあれなの、宗教なの?なんなの?死ぬの?」
「いや、どちらかと言えばあたしは処理的な字を想像してたんですが……ぁ、そういえば今朝あたしの斬魄刀が卍解してましてね……」
「うわ下ネタやめろよマジで。て言うかお前の斬魄刀なんかあれだろ始解止まりだろうがよ」
「まぁ持久力や硬度では日本人には敵いませんがね……ですが西洋人の尺に勝てると思わないでくださいよ!?」
「尺とかイヤな言い方すんなよお前!!やっぱ漢字ドリルやめろ!!」
「ふっ……怖じけづきましたかユウヤさん」
「なんだとテメエ!!俺の斬魄刀は常時解放型だぞテメエ!!」
「てめぇら閉店前に下ネタでぎゃあぎゃあ騒いでんじゃねぇぞゴルゥアアアッ!!」

ガツン、と脳天部分に強い衝撃。
見上げれば、我が愛しの湖子が頬をうっすらと染めて眉を吊り上げていた。

その手には恒例マグナムボトル。

「え、なにマグナム出た?」
「ああ、アキラが頑張ってっかんな……そうだよ!!なんで引退したお前らが事務所で遊んでんだよ!!」
「湖子さんは今日もメガスケバスマエリトロクラミスのように綺麗ですね」
「お前は黙ってろ光成……って今なんて言ったお前ッ!?」

メガスケバスマエリトロクラミスです、と再び妹を混乱させているミツナリや俺達が居るこの部屋。

何を隠そう、閉店間際の『Blue Rose』の事務所である。

閉店間際。

つまり、深夜1時前。

「夜中のテンションってマジ怖ええよな」
「ええ、まったくです」
「てめぇらにだけは言ってほしくなかったわ、そのセリフ」

そう言って脱力する湖子はこの店の厨房係。
そして、不本意ながら湖子の彼氏であるミツナリはその護衛のために事務所で閉店まで時間を潰している。

深夜1時の徒歩帰宅は危な過ぎるしな。


 
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