短編小説3
□ハンサムな彼女
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ぎょっとした様子の俺に、からかわれたのだと勘違いした響ちゃんは、そのまあるい頬を更に膨らませて俺に背を向けた。
俺は慌ててその小さな背中を追い掛ける。
「ごめん!違うくて、その、」
「違うって何がですか」
「いや、言葉が出て来なくて仕方なくさ、友達の持ちネタを、」
「ああ、なるほど。ふざけたわけですね。あなたの褒め言葉はいつもおふざけで出て来てるんだって勉強になりました」
「違うって!」
「着いて来ないでください!」
ああ、どうしてこうなるんだよ!!
今日は響ちゃんとデートなのに。
言葉通り、汚い手を使ってまで勝ち得た一日なのに。
夜のネオン、歓楽街の歩道で、俺と響ちゃんは目下数mを空けての競歩大会だ。
「ほんとちょっと待って!!」
「着いて来ないで……って、ユウヤさん本気で追い付く気あります!?」
「やる気はあります!!」
「やる気と努力が褒められるのは義務教育までですよ!!」
「ちょっ、辛辣!!」
響ちゃんが辛辣になるのは無理もない。
なぜならば、さっきから響ちゃんと俺との間は縮まるどころか、むしろ広がって行っているように見えるからだ。
仕方ないだろ、人が多くて走ることすらできねぇんだから!
スーツを着たホストや飲み帰りのサラリーマン、ドレス姿のホステスを避けながら歩くと、どうしても歩調が崩される。
こうなりゃ体の小さな響ちゃんの方が優勢にあるのも納得の行く話だ。
「待てよ!!一人でこんなとこ歩くな!!」
「じゃあ追い付いてくださいよ!!正直なんか不安になって来ました!!」
「止まりゃあ良いだろ!!」
「それは私の意地が許しません!!」
「響ちゃんの性分ちょっと面倒くせえ!!でも好き!!」
そうだ、俺は自分でも意味が分からないくらい響ちゃんが好きだ。
だからこそ完全に脅しの形で今日のデートを設定し、普段なら立ち呑み屋とか行っちゃうところを、きちんとグランヴィアとかロイヤルとかプリンスなんて名前の高層ホテルのバーに予約入れちゃったりしたわけだ。
そうだよ!なのにどうしてこうなった!!
「響ちゃん、待って……!!」
しかし。
時すでに遅し。
俺が決意を新たに響ちゃんを呼んだ時、彼女は完全に面倒事に巻き込まれていた。
「ぁ、お姉さん今からどこ行くの?」
「呑む予定ならオレら付き合うよー?」
そんな、安っぽい誘い文句を吐くスーツ姿のホストに囲まれた響ちゃんは…………って、うわ。
ほんとに今日、厄日じゃねぇか。
「……あれ?ユウヤさんじゃないスか」
ち、気付かれた。
響ちゃんを取り囲んでいたホストが一人、俺に気付いたらしくこっちに向かって歩いて来る。
その足取りは覚束ず、目も据わっているが敵意だけは剥き出しだった。
俺の店のお向かいさん、ホストクラブ『ORION』のアツシ君は今日も俺のことが嫌いらしい。
「あの子、ユウヤさんの客ですか?あんたはホスト辞めたって聞きましたけど?」
「辞めたよ。だから関係無い」
「え?もしかして彼女っスか?」
「キミには関係無いっつってんでしょ」
にっこり笑いながら話すことを心掛けながら、俺はおそらく目下泥酔中であるアツシ氏と会話する。
その向こうで響ちゃんは、どこか怯えた様子で俺達を見つめていた。
大丈夫、大丈夫だよ響ちゃん。
すぐこんなヤツとはケリ付けて、さっさと呑みに行こうね。
なんて視線を送っていたのがマズかった。
俺の視線の先に気が付いたらしいアツシ氏は、にんまりと下品な笑みを浮かべ。
あろうことか、響ちゃんの肩に腕を回してべったりとくっついたのだ。
「あんなヤツやめてさ、オレ達と呑み行かない?」
やめろ!それでなくとも響ちゃんは俺と呑みたがってないのに!!
選択肢を増やしてくれるな!!
「て言うかさ、ユウヤさんも落ちたもんですねぇ」
「あ?なにが……つかさ、ベタベタすんなよ人のツレに」
「こんな程度のオンナ連れてる人じゃなかったのにねぇ、全盛期のユウヤさんは」
…………はい、決めた、一発殴る。
響ちゃんの前ではこういう下品な争いはしたくないと思ってたけど我慢ならねぇ。
心掛けていた笑顔が、波にさらわれる砂のように消えて行くのを感じながら、俺はべろんべろんらしいアツシ君を殴るべく彼へと歩み寄る。
同じく酒の入った様子のアツシ君のツレはそんな俺に気付かなかったようだが、響ちゃんは違った。
真っすぐに俺を見上げる大きな瞳が、やめろ、と訴えている。
いや、響ちゃん。
男には黙ってられないことってのがいくつかあるんですよ。