短編小説3

□約束したろ、守るって
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運命の舞踏会から、数日。

国のためには断る道など無い求婚の返事するために、私は隣領地の主であるパーシヴァル卿を尋ねていた。

そして、言葉を失うことになる。

「……パーシヴァル卿、それはどういう意味か……私にも分かるよう、説明していただけるだろうか」
「ええ、もちろんですとも。ガヴェイン卿フェリシー嬢」

そう言って、私の前で優雅にカップを傾ける金髪の男は、酷く軽薄に見える笑顔を浮かべた。

「結婚した暁には、僕達の領地を合わせた戦力をもって、更なる領地拡大を目指します」
「……戦をするということか?」
「国の発展のためですよ。戦力の他に、農奴も欲しいところですね」
「…………私の国は、自由地だ。奴隷制度など、そんな反道徳的で非情な行いは断じて許さない」
「私の国?……ああ、勘違いしていただいては困ります。結婚すればあなたの国ではなく、僕の国になるんですよ」

僕の決定には従っていただきます。

そう微笑みながら紅茶に砂糖を入れる男は、まるでそれが当然かのように。
美しい装飾のされた服に身を包み、優美な食器と豪勢な食事を前にして、そんなことを宣う。

その一つ一つが、民の苦しみの上に成り立つことなど知らないかのように。

びり、と毛が逆立つような嫌悪感。怒り。

それでも外面は取り繕わなければならない。
子供のようにテーブルを叩き、怒りをあらわになどしてはいけない。

私は一つの領地を治める、長なのだから。

「パーシヴァル卿……気候が今、手に持っているその銀のフォーク、それを民が手に入れるにはどれほど働かねばならないか、それをあなたはご存知か?」
「いいえ?」
「ならば教えて差し上げよう。どんなに働こうと、民には銀を手に入れることなど生涯叶わない。その食事も、砂糖も、絹も。民の犠牲の上に成り立つ城だ」

落ち着け、落ち着け。
心の中でどんなにそう唱えても、怒りで目の前が染まる。

こんな時に限って、私を抑え付けられる唯一の騎士は、ここには居ない。

怒りのあまり震える手をごまかすように、私は手に持っていた銀のフォークをテーブルに置いた。

「私達は、民の犠牲の上に生きるしかない生き物だ……!民の犠牲を喰らう我々は……そんな我々だからこそ、全身全霊をもって、民を守らねばならない……!我々はそうあらねばならないはずだ、そうだろう!?パーシヴァル卿!」

カシャン。

勢いあまった私の手が、銀のフォークを弾いてしまう。
床に転がったそれを目で追えば。

ガシャン!と。

銀糸で優美な刺繍の施された豪勢なブーツが、それを踏み付ける。

顔を上げれば。

私の夫になるはずであった金髪の男が、その金色の目を歪ませて、酷く楽しそうに笑っていた。

「あなたは困った人だ、フェリシー嬢。僕達は貴族なのですよ?地に這いつくばって土に汚れている民とは違う」
「…………」
「あなたの御父上はあなたに何を教えたのか。王は君臨すれば良いのです」

ああ、それと、と。
私にはもはや人間とは思えなくなってきたそいつは続ける。

「あなたは少しじゃじゃ馬が過ぎますね」

……よく言われるさ。
黒い髪をした、酷く人間臭く、そして酷く優しい黒騎士にな。

「女がでしゃばるのはお止めなさい」
「……すまないな、性分だ」
「僕の妻になる気なら、直しなさい」

いいや、その必要は無いな。

「貴様に嫁ぐ気が毛頭無くなった。非常に不愉快だ。失礼する」

そう言い切ってから、私は上質なナプキンを取り、席を立った。
着慣れないドレスとヒールに四苦八苦しながら部屋を出ようとしたところで、ドアの近くに立っていた兵士にドアを塞がれる。

ドアを見つめる私に後ろから投げ掛けられたのは、楽しそうな笑い声だった。

「はは、フェリシー嬢、あなたは噂に違わぬ面白い人だ……そんなことがまかり通ると御思いですか?」
「……私も、なぜ父が貴様との貿易を拒み続けたのかが分かって面白いよ」
「僕の要求が飲めないと言うのなら、我が国の領地拡大の一番の標的は……あなたの国、ということになりますね」

信じられない言葉だった。
避けられない戦いならまだしも、進んで戦を望む王など許されてなるものか。

怒りをあらわにしたままテーブルに戻るも、パーシヴァル卿は私を見ることもせず食事を続けていた。

「……脅す気か、貴様」
「結婚を承諾していただければ国は豊かになり、領地も広がります。拒否すれば、火に包まれた国を見ることになりますよ」

ああ、そうか。

ならば良いさ、お前の望むようにしてやろう。


 
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