短編小説3
□俺はお前ひとりだけの味方だ
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目を覚ますと、そこは知らない天井だった。
高く、真っ白な天井。
主人にいつも「牢獄みたいだ」と言われる自室の、低くてレンガが剥き出しになっている天井とは似ても似つかない。
寝かされたベッドのシーツは真っ白で、枕元に置かれた棚の上には水差しとタオル。
……ここはどこだ?
それを確かめるために起き上がろうと体を捻ったところで、体に激痛が走った。
主に、左腕から。
「ってぇ……ッ!」
「安静になさいませ、メルヒオール様」
頭上から降って来た高い声。
激痛に歯を食いしばりながら首を捻れば、城付きの看護婦であるヘレナが真っ白な看護服を纏って立っていた。
ヘレナがその格好……ってことは。
「……ここ、医務室か」
「ええ。おばかなメルヒオール様はお風邪など召されませんし、民間療法に多大なる信頼を置いてらっしゃったようなので縁が無かった医務室でしてよ」
「……なに怒ってんだよ」
「出血超多量ですぐ輸血が必要でしたのに、あなたは意識不明。誰もあなたの血液型を知らないと来たんですもの。医務室は大パニックでしたのよ」
「……俺だって知らねぇよ」
「まぁ、どーせクソ真面目なA型だろうと思ってブチ込みましたの。無事目が覚めて良かったですわ。おめでとうございますメルヒオール様、あなたはA型でしてよ」
「…………どーも」
でもさ、お前それ……下手したら俺死んでたんじゃねぇの?
我慢し切れずそう聞いた俺に、ヘレナは「フン」と鼻を鳴らしてから答える。
「どちらにせよ、ちんたら血液型なんか調べていたら死んでましたわよ。あの傷を負ったまま、パーシヴァル領から全速力の馬に乗って帰ってらしたんですもの」
「え?俺、自分の馬で帰って来たのか?」
「あたくし、あなたはずっと意識不明だったと言ったはずでしてよ」
……てことは、フェリシーか。
馬鹿かあいつ。
重傷者載せて駿馬を走らせるやつがあるかっての。
「おばかはあなたでしてよ、メルヒオール様」
「あ?」
「あの傷のままゆっくり城まで帰っていては、それこそお陀仏でしたでしょうに。フェリシー様と自分の悪運の良さに感謝なさいませ」
とにかく、と。
少し高飛車な我が城の最年少看護婦は、腰に手を当て、この部屋の出口を指差した。
「フェリシー様からの命ですわ、メルヒオール様。目が覚め次第、すぐに書斎まで来るようにと」
「……俺、すげぇ体痛ぇんだけど」
「生きてる証だと噛み締めなさいな」
相変わらず体はすげぇ痛かったけど、それでもあの短い金髪が見たくて。
命令、という形でしか俺にわがままを言えない幼なじみに会いたくて、俺は痛む体を引きずりながら医務室を後にした。
足に傷は負っていないが、足を踏み出すたびに腕に響く。
大した衝撃でもないそれがこれだけ痛むんだ、ヘレナがあれだけ怒ることも踏まえると、傷は相当酷いのだろう。
でも。
これだけ痛むということは、まだ神経が繋がっているということだ。
まだ剣を取れるということだ。
俺は、まだ。
あいつを守れる。
「遅くなりました。メルヒオールです」
通い慣れた道を進み、見慣れた主人の書斎のドアを叩いた俺はそう叫ぶ。
大きな声を出すだけでも腕が痛んだ。
「ああ、入れ」
「失礼」
ドアの向こうから聞こえた、少し篭って聞こえるフェリシーの声。
可愛らしく響く、それでも気高いそれに返事をしながら俺はドアを開ける。
部屋の中には、フェリシー以外に城の側近が2人居た。
「メルヒオール、少し待て」
「畏まりました」
フェリシーは、二人きりじゃない時に俺が軽口を叩くのを酷く嫌う。
それを知っている俺は、慣れない堅苦しい言葉使いで返事をした。