短編小説3

□鈴なんて要らない
1ページ/1ページ






運命なんてもん、俺は信じちゃいねェけど。

お前と出会えたことだけは、運命だったんだって思ってる。

「萌、フルーツカットまだかよ?」

夜の歓楽街。
今日も混み合うホストクラブ、『Blue Rose』の厨房を覗きながら、俺は問い掛ける。

俺に運命を信じさせたそいつに。

「ちょっと待って灯司、もうすぐ、」
「相変わらずなにやってもグズいのな、お前」
「うっせえな!今すぐ出すよ!!」

そう言って、厨房のコック服を纏ったそいつ……根岸萌は、その特長的な意志の強そうな眉を歪ませる。

「おらよ!早く持ってけよ!!」
「お前のそのガサツさは180年前から変わんねェのな」
「……っ、またその話か。何度も言ってるけどな、私はそんな話信じないからな」

そう、そんな話信じない。
誰一人。

俺だって信じてなかったし、こいつと出会うまで忘れてた。

ただ、毎日誰かを探してる気がしてた。

毎日毎日、何故か焦ってた。

そんな焦燥感から逃れるために下らねェことに手ェ染めて、ぼろっぼろになってるところを『Blue Rose』の裕哉さんに拾われて、ホストとしてこの店で働き始めて。

俺は、全てを思い出した。

今でも覚えてる。

初めて厨房へと挨拶に来た時。

萌に初めて会った瞬間。

そう、言うなれば……そうだな、張り詰めた水風船が弾けたみたいに。
俺の体中を衝撃と記憶が駆け巡った。

180年前、俺達は乙原という色街で一緒に生きたんだってことを。

俺は灯籠、萌は萌葱として。

俺は自分が今まで探していた人物が萌葱……いや、萌だということに気付き、思わず抱き着いた……が、現実はそんなに甘かねェ。

「思い出せって、萌葱」
「前から言ってるけど、私は萌葱なんて名前じゃない。萌です、萌。根岸萌」

厳しい現実。

記憶が残ったまま生まれ変わったのは俺だけで、萌はなにも覚えてないと来た。

……よっぽど俺は前世で悪いことしたみたいだな。

なまじ記憶があるぶん、言い訳は無いわ。

「思い出せとは言わねェけどさ、そんな冷たくしなくても良いだろ」
「前世が云々とか言うような変人に優しくするヤツ居るわけねーだろ」
「仕方ねェだろ、事実なんだから。俺ら身体までそのまま生まれ変わってんだぜ?」
「へー、そりゃすげぇな」
「……信じてねェな?お前、臍のななめ下にほくろあるだろ?」
「な、っん……!?」
「あと、足の付け根に蝶みたいなアザが一つ。足開くと綺麗に羽広げたみたいになるだろ?それもちゃんとあっか?」
「なんでそんなこと……ッ!?」
「首の後ろ噛まれると弱ェし、膝かかえるみたいに倒して揺すったらすぐ泣いてすげエ締め付けながらイッ、」
「ちょっと待てテメエ!!ばか!ウチにカメラかなんか仕掛けてんのか!?」
「そっちこそちょっと待て萌!!なんでお前自分の泣きどころ知ってんだよ!?お前いったい誰と、」
「変な妄想すんのいい加減にしろよ!!私が言ってんのはアザのことだ!!」

パニックになると声がかすかに裏返る時がある。

やっぱり萌は萌葱だ。

俺の喜助。

だけど、お前は俺に気付かない。

「……分かってくれとは言わねェよ」

だけど、だけどさ。

「頼むから受け入れてくれ……」
「……それ、ハードル上がってる」
「付き合ってください」
「…………だから、ハードル高い」

高かかねェよ。

俺達夫婦みたいなもんだったじゃねェか。

かなり訳ありだったけど。

「……って、違うとか、たら、……ん」
「え?」

不意にぽそりと聞こえた言葉。

顔を上げれば、萌がその幼めな頬を真っ赤に染めて、目を泳がせていた。

萌が目をきゅ、とつむり。

意を決したように口を開く。

「た、たとえばさ、」
「うん」
「私と灯司が付き合ったとしてさ、」
「ああ」
「わ、私はどうしたら良いんだよ?」

どうしたらって?

「その、モエギさん?と違うとことか、出て来ると思うし、そもそも私、モエギさんと違うし……だから、その、」

萌としてなら、あの、私は、ぜんぜん。

そこまで言って、萌は耐えられないとでも言わんばかりに俺にフルーツの乗った皿を押し付けると、厨房の奥へと逃げて行った。

「付き合って、モエギさんと違うからヤダとか言ったら、薙刀で突いてやるから!!」
「薙刀出来んのかよ……」

萌葱かよ……いや、違うわ。

こいつ萌葱だけど萌葱じゃない。

「と、灯籠なんて呼ばないから」
「……うん」

あー、やっべ、くらくらする。

「萌葱なんて呼んだら、ころすから」
「……うん」
「私を見てよ、ばか灯司」

…………なんつーか。

もう、可愛すぎてころされそうです。













END.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ