短編小説3
□blue
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自分の行動に後悔することなんて、よくある話なわけで。
だけど、わたしはもしかしたら、もう少し考えて行動した方が良いのかもしれない。
『blue』
わたしはまさにその時、後悔先に立たず、という言葉を思い出していた。
「どうぞ、入って」
そう言って、一人暮らしにしては立派なマンションのドアを開けるのは、数時間前に初めて会って、数十分前までわたしのなかにいた黒ぶち眼鏡のAV男優。
行くアテも無いわたしに『俺ん家、くる?』と言って来たその男の言葉に頷き、男の運転する車に乗せられ、オートロック付きの立派なマンションの14階、ずらりと並んだドアのひとつの前で微笑んだその男……トキさんの笑顔を見た瞬間、わたしはなぜか今更気付いてしまったのだ。
これ、まずいんじゃないのか。と。
だるい体とあらぬ痛みを抱えながら、よく付いて来ようと思ったなわたし、と。
そんなことも露知らず、トキさんは不思議そうにわたしを覗き込む。
「ほら、入って?」
「……あの、やっぱりわたし、」
「なに?疑ってるの?」
いや、疑うとかそういうんじゃなくて。
余地も無いと言うか。
て言うか、まだ入ってる感じ残ってるし。
「分かった、誓うよ」
「…………?」
「この部屋の中では、俺は絶対にちとせちゃんに指一本触れません。」
そう言って、トキさんはわざとらしく胸に手を当ててみせる。
「これでどうですか?」
怒るわけでもなく。
いたずらっぽく笑うその人は、やっぱりつかみどころが無い。
小さく息を吸って、わたしは部屋の中へと足を踏み入れた。
「片付けてないけど、大したモノも無いから汚くは無いと思います」
「……なんですか、それ」
「お嬢さまだったんでしょ?汚いのとか慣れてないかなって」
「前に住んでた家のわたしの部屋、めちゃくちゃ汚かったよ」
「ほんとに?なら安心だわ」
トキさんはそう言って笑ったけれど、部屋の中は全然汚くなかった。
むしろ、なんだか……。
生活するのに必要最低限なものしか無いであろう部屋は、どこか寒々しくて。
綺麗な青色のカーテンが、それを更に際立てていた。
「……なんにもない」
「なんにもないことは無いよ。冷蔵庫と洗濯機とエアコンとベッドはあるし」
「テレビは見ないひと?」
「パソコンがあるよ。あ、あとコーヒーメーカーもある。あとで煎れるよ。コーヒー飲める?」
「……うん」
あるもので良ければ、なんでも使ってね。
そう言ってトキさんは襖で隔てられた部屋へと入って行く。
ちらりと襖の間から見えた部屋の中はあまり広くはなく、ベッドだけが置かれていた。
広めのリビングとキッチン、そこから繋がるお風呂場、寝室。
わたしにはよく分からないけれど、きっと一人暮らしには割と広めであろうこの部屋が、なんだかすごく、寂しく見えて。
わたしは無意識に、ぎゅっとスカートを握り締めていた。
◇◇◇
同居を始めて、早ふた月。
彼について分かったこともあれば、分からないままのこともある。
どちらかと言えば分からないままのことの方が多い。
それはきっと、わたしと彼の生活リズムがかなり違うからなわけだけど……まぁそれは良いとして。
彼……トキさんの本名は、時任岬。
『トキ』さんってみんなに呼ばれてるから、トキなんとか、って名前なのかと思ってたけど違った。
芸名は『新倉トキヤ』っていうらしいから、そっちしか知らない人が多いらしい。
年齢は24歳。
これはちょっと意外だった。
普段、日常生活中のトキさんは穏やかで、落ち着いてて。
もう少し年齢が上だと思ってたから。
でも、確かに。
顔立ちはどちらかと言えば童顔気味だし、服装も年相応のカジュアルさだし。
たまに見せる無邪気な一面は、少しふわふわし過ぎなんじゃないの?ってくらいだったから。