短編小説3
□ケモノ×カレシ
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「でも、実験したなんて記録、どこ調べたって無かったんだもん……」
「……なるほど。それで今朝から難しい顔してたんですね?」
「…………だって」
だって、納得出来ないんだもの。
「試してみなきゃ、納得出来な、」
「……さっきから試す試すとおっしゃってますけど、」
ふわ、と頬に柔らかい感触。
口に入れたごはんを咀嚼しながら視線を上げれば、すごく近くにミツキ君がいた。
「な、ななな、なに……っ」
「試すとは?何を試すんです?」
目を細めて、ふわふわの手で私の頬を撫でながら。
ミツキ君は私に近付いてくる。
「あなたは何を試したいんです?ぼくと」
……ミツキ君は、ときどき。
ときどき、すごく色っぽい顔をすることがある。
細められた目とか。
繊細な指先が。
すごくすごく、色っぽくて。
「あの……ミツキ、く、」
「凜さんはときどき、すごくおばかさんですよね」
ふふ、と笑うミツキ君。
そうして私はやっと、自分が墓穴を掘りまくっていたことに気付いたのである。
「た、たた試したいっていうのは、そうじゃなくて、あの……っ、」
じりじりと近付いて来るミツキ君から逃げるようにして、私はずるずるとお尻を引きずりながら後ろへ下がる。
ミツキ君が、また追い掛けてくる。
私がまた下がる。
そうして、いつの間にやら私は校舎の壁に追い詰められ、ミツキ君はそんな私に覆いかぶさるようにして手をついた。
ふわふわの手が、私の首に触れる。
「ひっ……」
「あなたを見ているとね、凜さん……ぼくは時々、すごく心配になるんですよ」
しん、ぱい……?
「馬鹿なイヌや野蛮なオオカミに、あなたが食べられてしまったらどうしよう……って」
私の首や頬を撫でながら。
赤い目を細めながら、ミツキ君は「そう思うたびにね、」と続けた。
「そう思うたびに、ぼくは……誰かに取られてしまう前に、ぼくが食べてしまおうって……そう思うんですよ、凜さん」
…………なぁに、それ。
ふふ。
思わず漏れた笑い声に、ミツキ君は食いついたようだった。
「おかしい、ですか?」
「うん、おかしい」
おかしいよ、ミツキ君。
だって。
だってね。
「ウサギは草食だよ?」
「…………」
「ミツキ君は私を食べられないよ」
ふふふ。
なんでも知ってるミツキ君がそんなこと知らないなんて。
あまりにおかしくって、しばらく笑っていたら、上から小さな笑い声が落ちてきた。
ふっ、ていう、渇いた笑い声。
見上げれば。
ミツキ君が、その赤い目を歪めて、私を見下ろしていた。
「本当に凜さん、あなたは……ときどき、すごくおばかですね」
「ミツキ君……?」
「あんなヤツらより、ぼく達の食欲の方がやっかいなのに……ああ、本当に食べてしまおうか……」
そう言って笑うと、ミツキ君は首を傾けて私に顔を近付ける。
明確な意志を持ったそれ。
…………こわい。
とっさにそう思って目を閉じた。
そうして感じた、柔らかい感触。
唇の横に感じたそれは、ぺろりと何かを舐めた熱だけを残して、そうして彼は私から離れた。
「ケチャップ、ついてましたよ」
「…………ぇ」
「本当に、凜さんはしっかりしてるようで抜けてるんだから」
そう言って笑ったミツキ君は……ああ、いつものミツキ君だ。
さっきまでの、どこか暗い影を背負った彼は消え失せ、彼はいつも通りの可愛いウサギ型獣人に戻っていた。
それでも。
「…………?どうかしましたか?」
「……ううん、なんでもない」
それでも、どくんどくんと早鐘を刻む心臓が。
熱くほてったままの頬が。
私になにかを訴えている。
それかなにかなんて、今の私には分かるはずもなく。
私はただ、ゆったりと、ふわふわの彼の腕にもたれて幸せを感じていた。
「ミツキ君……だいすき……」
「……ええ、ぼくも」
だいすきですよ。
食べてしまいたいくらいに。
END.