短編小説3
□エデンの林檎
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私達の間には、いくつかの“言ってはいけない言葉”がある。
それは、誰かに言われたわけでもなく。
私達が決めたことでもなく。
ただ、なんとなく。
幼い頃から感じていた、禁忌だった。
『エデンの林檎』
毎朝の日課。
さえずる鳥の声。
心地良く体を揺するあたたかい手。
そして、低く低く響く、声。
「小桃、起きろ」
毎朝の日課。
目を開ければ、見慣れた姿の幼なじみ。
学校の制服を纏った大きな体。
鋭い目つきと、全身を被う茶色の毛。
ぴんと天に向かって立っている耳と、ふさふさのしっぽ。
私の幼なじみは、オオカミ型の獣人だ。
「……今日も元気に厳ついわね、あんた」
「喧嘩売ってるヒマあんならさっさと起きろ。おばさんもう出るってよ」
「ああ、そっか………………ぐう」
「オイこら二度寝しようとすんな!」
幼なじみは……幼なじみのナギちゃんは、そう叫んだかと思えば、ばさあっ!と派手に私の被っていた布団を剥がす。
そうして、至極イヤそうに眉をひそめた。
「……お前、服着て寝ろつってんだろ」
「着てるじゃないの」
「タンクトップは服とは言わん」
起こすのが俺じゃなかったら、どうすんだよお前。
一発でヤられちまうぞ。
そう言って、ナギちゃんは私に、壁に掛けてある私の制服を投げつける。
その目はもう、こちらを見ようとはしない。
……あんたら獣人でも、ヒトの肌を見るとエロいと感じるの?
あんたらとは全然違う、こんな、肌色の肌でも?
…………なんて、聞くわけにはいかない。
ヒトと獣人。
種族の違う私達幼なじみの、禁句そのいち。
ヒトと獣人の違い……感覚や生活感、そして趣向や外見の違いをありありと表した言葉は口にしない。
だから、私は着替えながら、いつものように軽口を叩くのだ。
「……あんた以外が起こしに来ることなんて、ないし」
「分からねぇだろ」
「あるとしたら、彼氏が出来たらの話じゃん?だったら良いよ、朝から一発」
「お前ほんとサイテーだな」
「ナギちゃんも考えてるくせにぃ」
「俺とお前を一緒にすんな」
嘘つけ。
高校生にもなった健全な男子がそーゆーこと考えないなんて、ありえないだろ。
もし、そうじゃないとしたら。
「ホモか貴様!」
「いきなりどうした」
頭沸いてんのか?
なんて暴言を吐かれながら、私は着替えを済まして、髪を整えた。
「よっしゃ、もう良いよナギちゃん」
そう言ったところで、ナギちゃんはやっと私の方を向く。
あーあ、そんな顔しちゃってまぁ。
「そんな気にしなくても良いのに」
「……お前はもうちょい気にしろよ」
「こんな乳見たところで、ナギちゃんのナギちゃんはビックバンしないよぉ…………誰が貧乳だって!?あぁ!?」
「お前とにかくもう黙れよ」
痛むのか、ふわふわの耳のついた頭を押さえるようにして、ナギちゃんは首を振りながら私の部屋から出て行った。
そう広くはないマンション。
それが私とお母さんのお家で、私はお父さんを知らない。
生きているのか、死んでいるのかも。
それは聞いちゃいけないことだと私は本能的に知っていたし、幼い頃から、ナギちゃんも私の父については何も聞いてこなかった。
私達の禁句、そのに。
私の父親について。
「あれー?お母さんはー?」
「おばさん、今日は朝礼が早いって言ってたよ。俺が来た時はまだ居たけど」
「ふーん……ま、良いんだけど」
「さっさとパン食え。コーヒー要るか?」
「いんや、いいや。時間無いし、食べながら行くわ。ナギちゃんも食べる?」
「いや、俺はいいわ。途中で買う」
「そ?じゃあ行こ」