短編小説3
□エデンの林檎
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そうして私はお母さんが用意してくれたバターまみれの焦げ気味パンをくわえ、ナギちゃんと一緒に家を出る。
毎朝の日課だ。
ナギちゃんの家族が、ナギちゃんのごはんを用意しないのも。
悲しいけれど、それは毎日変わらない。
「ナギちゃん、最近どうよ?」
「どうってなにがだよ」
「体の調子?とか?血圧とか?」
「ババアかお前は」
早足で歩きながら横を見上げるも、ナギちゃんの表情は読めない。
ぴんと立った大きな耳。
鋭い眼光。
いつもの仏頂面。
うん、だいじょぶそうね。
それが分かるくらいには一緒にいたつもりだし……昔みたいに、傷だらけになってること、最近は無いし。
「……なんだよ」
「ん?元気そうだなーって」
「元気だよ。なんだよいきなり……気持ちわりーな」
苦虫をかみつぶしたみたいな顔。
仏頂面だけど、幸せそう。
昔は……昔のナギちゃんは、もっと無表情で、いつも傷だらけだった。
ナギちゃんのお父さんとお母さんは、毎日毎日ナギちゃんをぶっていたようだけど……児童相談センターに連れて行かれても、ナギちゃんは決して虐待を受けていることを認めなかったという。
それ以来、私がナギちゃんに体のことや、ナギちゃんのお父さんとお母さんのことを聞くことは無くなった。
それが、私達幼なじみの禁句、そのさん。
「そういやお前、2組の渡辺フったらしいな」
「あー……うん、運動部的なノリの人はちょっと苦手」
「ザ・運動部ノリなお前が?」
「うそ!?私バリバリの文化系ノリだよ!?」
「どこがだよ。ノリはアメフト部かラグビー部じゃねぇか」
「せめて野球部!せめて野球部にして!!」
そうやって、くく、って笑う姿とか。
ほんとはかわいい所があるのに、ナギちゃんはそれを私以外の人に見せない。
だから、彼女どころか友達さえ、あんまり居ないみたい。
「この童貞が……」
「竹馬失敗して股間を強打、それで処女膜破れた小桃先輩はさすがですね」
「やめて!その話はやめて!!」
傷が疼くから!!
「でもさ、冗談抜きで、彼女とは言わないから、友達くらい作りなよ」
「無理矢理作るもんでもねぇだろ」
「でも、オオカミ型が一匹狼気取ってるとか、ギャグでしかないよ?」
「やかましいわ。……つーか、べつに友達とかいらねぇし」
良いんだよ、俺は。
「小桃が居れば、それでいい」
そう呟いた、その人は。
私の幼なじみで、獣人で。
決して結ばれることのない異種族の、そのひとは。
自嘲じみた笑みを浮かべて。
「俺は……、」
……駄目だよ、ナギちゃん。
それだけは、ぜったいに。
いったら、だめだ。
「……ナギちゃん、人見知りだもんね」
「…………」
「しょうがないよね」
「……ああ、そうだな」
じゃあ、じゃあ。
「私が一生、親友で居てあげるね」
ぽとりとこぼれ落ちた言葉。
……だめだよ、ナギちゃん。
そんな顔したら、だめだよ。
お願い。
うなずいて。
「一生、友達で居ようね」
「……ああ、そうだな」
朝のざわつく校門前。
ヒトと、獣人。
ちぐはぐな私達は、ただただ静かに笑いあった。
私達の最大の禁忌。
決して、甘い果実に手を伸ばしてはならない。
好きだ、なんて。
決して―――。
END.