短編小説3
□スカーレット
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ちりちり、ちりちり。
胸の奥の炎が、燃え上がる。
欲しくて欲しくて仕方がないものを、目の前でドブに捨てられたみたいな。
そんな気がして。
ちりちり、ちりちり。
普段は穏やかなそれが。
あいつを見ただけで。
あいつを思っただけで。
燃え上がるんだ。
『スカーレット』
白樺学院、最後の夏。
いや……オレ達にとっての『白樺学院最後の夏』は、それはそれは大騒ぎだった。
道行の正体が一部の人間にバレて。
一旦は退学扱いになりそうになったり、ついでに身内の何人かが自主退学しそうになったり。
とにかく、大騒ぎだった。
でもそれは、御神楽が理事長であることを激白し、院長を脅してなんとか丸く治まったように思われた。
いや、みんなは丸く治まったと思っているだろうが……冗談じゃない。
ふざけんなってんだよ。
「なんなん、央ぁ?」
「……んだよ」
「えらい最近イライラしてへん?」
そう言って、ベッドの上でごろごろとくつろいでいるのは、白樺学院寮“エーデルワイス”でオレと同室の、安西蜜美。
文芸部であるこの女は、推薦を受けて関西からこの名門学院に越境して来ているほどの頭脳を持っているくせに、かなり頭がイカれている。
オレの中身が男だということを見抜いておきながら、真剣な顔して「冬コミのネタにして良い?」なんて言った女だからな。
「なんでそんなイライラしてるん?生理?生理?更年期?」
「うるせえ。朝メシ遅刻すんぞ」
「うちもう行けるもん」
央と違うて準備早いもん。
そう言って安西は、ぐしゃぐしゃの頭のまま笑う。
……お前な。
「ちょっとは身嗜みってもんをだな、」
「ええねんて!女子校やで!?ジャージやないだけ褒めてほしいわ!」
ちゃんとすればそれなりに見えるだろうに、安西は外見を気にしない。
もしかしたら、他人の外見すら、こいつにとってはあまり重要ではないのかもしれない。
だからこそオレは見抜かれたのだろう。
「央ちゃん、早うして」
「あと3分待って」
「りょ」
夏休みが明けたとは言え、まだまだ暑い日が続く。
それでも制服のスカートに抵抗のあるオレは、下にズボンを履くのを忘れない。
「暑そうやね、それ」
「暑いに決まってんだろ」
「時代は全裸や、央」
「変態じゃねぇか」
女子校で全裸。
悪くねぇな。
15歳のオレならそう思っただろう。
だが悲しいことに、オレはもう女子高生というものに幻想を抱けなくなっていた。
そりゃあ、こんだけ近くにうじゃうじゃ居りゃ、夢なんか抱けないだろ。
ずぼらなヤツ多いしさ。
安西蜜美を筆頭に。
「央ちゃん、お化粧はせえへんの?」
「ぶっとばすぞ」
「いやあ怖いわあ……もう出られる?」
「おう、待たせて悪ぃな」
「構わんよ」
そうしてオレ達は、二人並んでこの部屋を後にする。
向かったのはこの寮の食堂だ。
「ぁ、おはよー。安西、月島」
「はよっす」
「おっはようさーん……あれ?相原、今日当番やっけ?」
「いや、当番は道行」
「なーるほど」
全寮制である我等が白樺学院の寮生は、朝食と夕食をこの食堂でとる。
その食事は当番制で寮生が作ることになっており、今日は東宮が当番だったようだが……まぁ、いつもの通りだ。
それでも、エプロン姿の相原はさほどイヤな顔はしていない。
余談だが、相原のエプロン姿は普通にイイ。
「で、当のみっちょんは?」
「吉良の面倒みてる」
「あー、あの転校生?まぁ勝手が分からへんよね、まだ」
「特にあいつらはね……特殊だからね、トイレとかお風呂とか」
「は?」
「ううん!なんでもない!」
今日はベーコンエッグだよ!
なんて、わざとらしく笑う相原。
そして、そんな相原の言葉に、複雑な気持ちを抱く自分が居ることに気付く。
ちりちり、ちりちり。
胸の奥の炎が、わずかに力を増す。
……ああ、くそ。
朝から、こんな。
「央?どうかしたん?」
「……んでもねぇよ」
ああ、くそ。くそ。くそ。
早くメシ食って。
早く学校に行こう。
あいつに、会ってしまう前に。
「相原、オレもう貰うわ」
「ああ、うん。そういや、なんか道行が月島に用事あるって」
「また部屋行くって言っといて」
今は出来るだけ東宮に関わりたくなかった。
夏以来、東宮にはあいつが……吉良ツバメが、べったりとくっついていたから。
「いただきます」
「どーぞ」
ちりちり、ちりちり。
目を閉じれば脳裏に浮かぶ、突然白樺学院へとやって来た転校生。
3年の2学期からという、とんでもなく変な時期にやって来たそいつは、オレや東宮と同じだった。
……いや、同じなんかじゃ、ない。
同じ、なんかじゃ。