短編小説3
□スカーレット
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「央、お行儀悪いで」
気付けばオレは、相原がオレの好み通りに焼いてくれた半熟卵の黄身に箸を突き立てていた。
ぐちゃ、べちゃ、ぐちゅ。
「……央、ええかげんにしいや」
「…………イライラする」
「ほんま、珍しいね」
後からテーブルに着いた安西に咎められても、やめる気にならないほど。
気が立ちすぎて、自分でも頭に血が上っているのが分かる。
鼻の奥がツンとする。
「……鼻血出そう」
「自分でどうにも出来へんのやったら、いっぺん保健室でも行ってみ?保健医、確かカウンセリングもしてるやん?」
「…………行ってみる」
このままじゃ、いつ誰に八つ当たりしてしまうかも分からない。
そんなの絶対ぇイヤだしな。
「ごちそーさまでした」
「央、皿そのまま置いといてええで。うちのと一緒に持ってったるわ」
「……悪い、頼むわ」
「構わんよ」
オレの変化に気付いているのら、いないのやら。
いつものへらへらとした笑顔を浮かべながらも、安西はオレを早く食堂から出そうとしてくれる。
そんな安西に、オレは心の中で深々と頭を下げてから食堂をあとにした。
ちりちり、ちりちり。
さっきよりは治まったとは言え、小さな炎は胸を熱く焦がす。
ちりちり、ちりちり。
こんな状態でアイツ……吉良ツバメに会おうもんなら、オレは手を出さない自信が無かった。
だって、そうだろう。
アイツは、オレや東宮とは違う。
深い事情があって女装せざるをえなかった東宮と、体が女なばっかりにこんな服装をしなければいけないオレ。
そんなオレ達を嘲笑うかのように女子校に入学して来た男……吉良ツバメ。
初めて会った時は正直、本当にイライラした。
今世紀最大と言って良いほどに。
オレが欲しくて欲しくて仕方がなかった性を、体を、欺いて。
東宮のそばに居たいから、だなんて下らねぇ理由で入学して来やがった男。
ちりちり、ちりちり。
ぶわ、と汗が滲むほどに。
頭に血が上って、心臓が痛む。
アイツのことを思い出すと、いつもこうだ。
それをごまかすようにオレはずかずかと寮の廊下を進み、部屋に置いておいた鞄を取り、乱暴にドアを閉めた。
バァン!と響いたドアの音。
それに驚いたのか、近くに居たらしい御神楽が駆け寄って来る。
「月島さん、どうしたの?」
「うるせえ」
「なんでそんなにイライラしてるんだよぉ……っ」
相変わらずの情けない声を上げながら、眉を下げる男。
自分が得られなかったその性別を持っていると言うだけで“雄”という生き物に憎しみを持ってしまいがちなオレだが、この男に対してはそんな感情を抱いたことが一度も無かった。
……そうだ、オレは男が嫌いなんだよ。
「あいつら……東宮と吉良、別の寮に移すとか、なんかもう少ししろよ」
「やっぱり気になる?……でも、あんまり相原さんと離しても可哀相でしょう?」
まぁ、そらそうだけど。
「やっぱりさすがの月島さんでも気になる?近くに男の子が居ると」
「さすがのってなんだよ、さすがのって」
「月島さん、ボーイッシュだから」
ボーイッシュっつぅか、男だからな。
……なんて、言えるわけもなく。
オレは御神楽に「行ってきます」とだけ言って手を上げ、寮の玄関へと向かう。
自分の靴箱から学校指定のローファーを出して、足を入れる。
22.5cmの、小さな靴。
……ああ、もう、くそ。
苛立ちによって再び燃え上がり始めた炎をごまかすように、オレは乱暴に玄関のドアを閉めた。
◇◇◇
ちょっと。
ちょっと、待ってくれ。
「……保健医は?」
「あー、なんか『ミツミ』さん?探しに行くとか言って出て行きましたよ?」
「……そ……う、です、か」
心の中でだらだらと冷や汗をかきながら。
オレは深呼吸を繰り返す。
夕日の差し込む、放課後の保健室。
なぜか、オレは。
今一番会いたくない男、吉良ツバメと。
向かい合っていた。
…………いやいやいやいや!!
おかしいだろ!!おかしい!!
おいコラ保健医!
つか、安西てめえコラ!
グルかお前ら!?
「えーと、オ……アタシ、保健医居ないなら帰ろうか……なー、なんてぇ」
「ぇっ、待ってください!僕、あ、あなたに色々聞きたいことがあって……!」
そう言って、女子の制服を纏った僕っ子(男)は不安げにオレを見上げる。
くそ!帰してもらえないだと!?
助けて未来姉ちゃん!
「いやー、アタシも色々用事とか、あって、ですねぇ……、」
「ご当主……道行さんから、聞いています、あの……あなたのこと」
伺うような雰囲気で。
どこか申し訳なさそうにそう言った吉良ツバメのその言葉で、オレは少し冷静さを取り戻した。
道行から、聞いています?
なにを?なんて、聞かなくても分かる。
オレのこの『異常を』だ。