短編小説3

□メルト
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どうしても、人に言えないことがある。

半年前に結婚した、年の離れた夫のことで。

DV相談窓口とか、そんな物騒な話じゃなくて、その……なんと言うか。
どちらかと言えば、夫婦心理センターとか、そういう場所に相談すべき問題で。

親にも、友達にも、もちろん本人……おじさんにも、当然言えるわけもなくて。

夕日の差し込む自宅のリビング。

数十分前から、わたしはノートパソコンの前に座り込んでいた。

おじさんは、お仕事であと3時間は帰って来ない。
晩ごはんはもうお鍋を用意した。

……やるなら、今日しかない。

意を決して、わたしはノートパソコンの電源を入れる。
元々はおじさんが使っていたのを、使っても良いと、そう言ってくれたノートパソコン。

パスワードを打ち込んで、インターネットを起動して。

何度も下調べしたせいで覚えてしまった、相談系のサイト名を打ち込んだ。

どくん、どくん、どくん。

緊張で喉が渇いて、手が震える。

それでも、わたしの抱えてしまった不安を少しでも拭いたくて。
わたしはそのサイトの掲示板へと書き込むために、キーボードを叩き始めた。

パソコンなんて初めて持ったから、ブラインドタッチなんて出来るわけもない。

かち、かち、かち、と。
拙い手つきで一文字ずつ、ゆっくりゆっくり、わたしはキーボードを叩く。

…………夫婦の性生活について、お聞きしたいことが、あります。

わたしは半年前、ふた周りほど年上の男性と結婚しました。

彼はもともと性に関して淡白な方で、付き合った2年の間も、きっと一般的なカップルより性交渉の回数は少なかったと思います。
それは結婚してからも変わらず、そういったことは月に2回あるか無いかくらいです。

もしかしたら、性交渉での拙いわたしの対応が、彼のやる気を削いでいるのかもしれません。

でも、夫はオーラルセックスや、手を使ってでの、わたしだけに快感を与えるような行為には積極的なのです。

そういう行為は、週に2回以上あります。

こういったパターンの夫婦生活は、そう珍しくないことなんでしょうか?

わたしは男性との交際経験も少なく、そういったことがよく分かりません。
よろしければ、ご意見をお聞かせいただけたらと思います。

……そこまで打ち込んで、わたしはパタンとノートパソコンを閉じた。

文章として書き出してみると、本当に本当に本当に、わたしはなんてはしたないことを考えているのだ、と、恥ずかしくて死にそうになる。

「うぁあぁ、ああ……!」

恥ずかしさで居ても立っても居られず、わたしは床暖房が搭載されたリビングをごろごろと転げ回った。

誰にも言えない、わたし達夫婦の夜の生活。

おじさんは、週に何度もわたしに触れる。

ベッドで、お風呂で、台所で。
わたしが隙さえ見せれば、わりとどこでも……その、やらしい触り方をされたり、ゆ、指を挿れられたり、オーラルセックス、と呼ばれることをしたり。

たくさん、触れてくれる。

だからセックスレスとか、そういうんじゃないのかな?とも思うんだけど……。

でも、体を繋げるのは月に2回あれば多い方で。

そのたびにわたしはヘタっちゃうし、最後の方なんて記憶が無いから……きっと、その辺りにおじさんは不満を持ってるんだと思う。

わたしがおじさんを満足させられないから。

……そんなわたしに呆れて、飽きて、他の人のところに行っちゃったらどうしよう。

そう思うと不安で不安で、でも誰にも相談出来なくて。
最後の手段で、わたしはインターネットに頼ったのだ。

……そろそろ、お返事が来てるかも。

そう思って、わたしはリビングの床に正座し直し、再びパソコンを開いた。
こういうサイトのお返事はすぐ来るというのは、事前調査で知っていたから。

そうして。

パソコンの液晶画面に表示された数々のレスを見て、わたしは絶句した。

『それはセックスレスです。セックスレスが理由で離婚することは可能です』
『旦那さんに浮気の疑いは?心当たりはありますか?』
『よろしければ会ってお話ししませんか?こちらにメールください』
『あなたに愛情を感じていないのでは?』
『性生活でご不満があるのでしたら、僕がお手伝い出来るかもしれません』

……そりゃあ、まぁ、ヤフーの知恵袋とかじゃない限り、ろくな返答が来なかったりするわよ、なんて。
そんな風に聞いてはいたけれど。

所々に混じる、怪しいアドレスやURL。

でも。

たまにあるまともな文章には、わたしが恐れていた結果が綴られていて。

『それはセックスレスです』
『浮気の疑いは?』

……たかが、インターネットだもの。
それが真実なわけじゃない。

でも。

『あなたに愛情を感じていないのでは?』

でも、画面を見つめる視界が滲む。


 
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