短編小説3
□裏:伽羅先代萩
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時は万治から寛文へ。
仙台伊達藩の、御家騒動。
仙台伊達家の3代藩主、伊達綱宗は吉原の美しき太夫、高尾に心を奪われます。
しかし、これは家老である原田甲斐ら一味の陰謀でございました。
廓での遊蕩にふける綱宗は、ついに原田甲斐らの手によって隠居させられてしまいます。
そこで綱宗の後を継いだのが、嫡子の虎松でありました。
その時、虎松は齢4才。
原田甲斐ら一味はその虎松をも失脚させようと、命を狙います。
それに気付いたのは、虎松の乳母、政岡でございました。
政岡は虎松を不治の病だと偽り、自分の子である菊千代と共に、奥殿へと篭ります。
そして、虎松が嫌がるからと、奥殿を男子禁制の間といたしました。
毒殺を恐れ、運ばれて来る食事は全て捨て、政岡は自らがこしらえる食事だけを虎松に与えます。
全ては虎松を守るためでございました。
しかし。
それで諦める原田甲斐ら一味ではございません。
ある日、男子禁制である奥殿に、老中、酒井雅楽頭の奥方である栄御前が見舞いを名目にやって来たのです。
酒井雅楽頭は原田甲斐らと名を連ねる反乱派でありました。
栄御前は見舞いの品として持って来た菓子を虎松に食べるよう言いつけます。
誰が見ても毒入りであることは一目瞭然。
しかし、官僚である酒井雅楽頭の奥方を無下に扱うことは出来ません。
幼いながら、虎松も武士でありました。
家の名を立てるため、虎松は震える手で菓子を掴み、震える声で「頂戴いたします」と宣ったのでございます。
その時でございました。
それまで虎松の隣に静かに座っておりました菊千代が、虎松を薙ぎ払い、その手のうちより菓子を奪い取ったのです。
菊千代は毎日、母である政岡に言い聞かせられていたのでございます。
「もし主人が毒を盛られたら、お前が主人の代わりに死ぬのですよ」と。
無邪気で無礼な子供を装い、毒入りの菓子を食らった菊千代は、毒にしばらくのたうちまわった後、動かなくなりました。
しかし、政岡は表情ひとつ変えません。
全ては伊達家のために。
政岡と菊千代は、その身を持って、身を引き裂かれる思いをしながら、主人を守ったのでございます。
そして。
誰も居なくなった奥殿にて、政岡は冷たくなった我が子を抱きしめ、「でかしゃった、でかしゃった」と涙を流すのでございました。
これが歌舞伎の名作、仙台伊達藩の御家騒動『伽羅先代萩』の物語。
しかし。
誰が知っているのでありましょうか。
この幼き武士が目の光を失いながらも、生きながらえたことを。
そして。
幼き武士の片割れが、おなごであった、そんな数奇な物語を―――。
『裏:伽羅先代萩』