短編小説3
□蓼食う虫が好きスキ!
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「なぁに、秋吉くん」
「……べつに」
「なにそれー。やっぱなかなか掴めないなぁ、秋吉くんはー」
よく言われるセリフだった。
ぼーっとしてるとか、掴めないとか。
それをミステリアスで良いと過剰評価してくれる人も居るが、実際はただ単に頭の回転が遅いだけなのである。
なにかに強く興味を引かれることも少ないし。
良く言えば、当たり障りの無い男。
悪く言えば、パッとしない男。
どちらもたいがい悪口な気がしなくもないが、べつにそれでも良い。
俺はそうやってぼんやりしたまま一人で生きて行くんだと、なんとなく思ってたし。
……それがここに来て、こんなことになってるわけだが。
「秋吉くん秋吉くん、素敵なイルミネーションね……入る?」
「入らない」
すっかり短くなった日は下校時間でも容赦なく日を落とし、ラブホテルのライトを灯らせる。
隙あらば俺を密室に誘い込もうとする夏樹は、冷たい空気に頬を赤くしながら笑った。
「1回くらいしてくれても良いのにぃ」
「一回一回ってお前さぁ……、」
言おうとした言葉。
でもそれを言って良いものか分からずに、俺は口を引き結ぶ。
一回一回って言うけど、お前。
あの日。
俺達が始めて話したあの日、4階の男子トイレで、泣いてたじゃないか。
ふざけてたのか、本気だったのかは知らないが、同級生の男子にパンツ脱がされて。
本気で嫌がって泣いてたろ。
「……お前、普通に処女だろ」
「うん。そうだけど?」
「…………お前さ、もっとなんかこう……自分大事にしろよ…………うわぁ、俺なんか格好良いこと言っちゃったわ」
「秋吉くんは格好良いよぉー」
うるせえ、格好良いもんか。
ツラも頭も中の中だぞ。
下手すりゃ中の下だ。
おべんちゃら言われたって嬉しくねぇ。
「なんで?秋吉くんは格好良いよ?穏やかでー、優しくてー、あんまなんにも考えてないとことか!」
「最後の悪口だろ」
「男子トイレで咄嗟に『それ俺の便器だから触んな』って言ってくれた時とかもう超濡れたから」
「その節はすいませんでした」
外面的には相変わらずの無表情だったろうが、あの時の俺はまさにパニックだった。
ひかるを馬鹿に出来ないくらい、とんでもないことを口走ってしまったくらいだからな。
しかし、それで助かったと本人が言ってるのだから、まぁ良いか……。
「超濡れた。もっかい言われたいもん」
「……お前おかしいだろ」
「おかしくないよぉ、秋吉くん良い声してるし……うわ、なんか興奮して来た」
「…………お前ほんと物好きな」
こんな俺がイイなんて言うやつ、なかなか居ねーぞ。
少なくとも、今まであんま出会ってない。
「そんなこと言ったら、秋吉くんだって物好きじゃない?」
そう言いながら、夏樹はどこか照れ臭そうに……少し嬉しそうに、俺の腕にぶつかって来た。
「なんでよ?」
「普通ヤでしょ?学校でも有名な尻軽ビッチに付け回されたら」
「処女だろ」
「あはは!確かに処女だけど!だけどみんなは知らないじゃん?あたしと秋吉くん、ヤリ友だと思ってる人多いみたいよ?」
そう言って、夏樹は俺の腕にその細い腕を絡ませたまま、試すような目で俺を見上げてくる。
いや、そんな顔されましても。
「べつに俺、知らない誰かに何思われようがどうでも良いし」
そう言った俺を、夏樹はきょとんとした目で見つめたかと思えば。
ぎゅうっと、更に俺の腕に力を込めて来た。
なによ。なんなのよ。
「……秋吉くん、やっぱ変わってる」
「お前にだけは言われたくねーわ」
「そういうとこが大好き……やっぱりホテル入って一発やろう?」
「お前の誘い文句の色気の無さ、俺は案外嫌いじゃねぇぜ」
「じゃあっ!」
「やりません」
なんでよー!とむくれる夏樹に思わず笑ったら、夏樹も小さく笑った。
「珍しく秋吉くんが笑った!」
「珍しくねーよ、俺よく笑うよ」
「笑わないよぉー!普段は能面みたいなしけた顔してるもん、秋吉くん!」
……お前ほんとに俺のこと好きなのかよ。
「好きスキ!大好き!」
「そりゃどうもー」
ほんとお前、物好きだわ。
END.