短編小説3

□オトナ検定
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私がお付き合いしているその人は、私より大人なくせに、私より子供っぽい。

待つのが嫌いで。
お腹空くのが嫌いで。
人に合わせるのも嫌い。

つまり、我慢が嫌い。

「男なんて、いくら年とっても子供みたいなものなだから」

ふと、そんな母の言葉を思い出した。






















『オトナ検定』





















「…………あ」

思わず上げた声。
がやがやと賑わう珈琲チェーン店のカウンター席で掻き消されたそれは、ぴかぴか光るスマホのライトに反応した私のもの。

ここが図書館じゃなくて良かった。

座席数が多いからこそ甘えさせてもらっている長居の原因……大学生の宿命である大量のレポート作成の手を止め、私は未だ使い慣れないスマートホンの画面を指先でスライドした。

幾年もの年月をも供にしたパソコンですら、レポートを書く時とYouTubeの試聴くらいにしか使わない私である。

スマホもラインとメールとカメラとYouTubeくらいしか使わない。

YouTube見すぎ。

使用範囲が狭いせいでさすがに手慣れた動作で画面を操作すれば、ふわん、と変わる液晶画面。

メールが一件。

差出人、田代奏。

何を隠そう、「ラインは既読機能がうぜー」などと言って頑なにラインを使おうとしない、頑固な私の恋人である。

もうね、考えが古臭い。

28歳の旅行会社系サラリーマンであることが信じられないくらいおっさん臭い。

お風呂のお湯張り43度設定だし。

見た目童顔のくせに。

……とまぁ、そんなことを言っているヒマなど無い。

この男、田代奏は待たされることを異常なほど嫌う。
待ち合わせに遅れた日にゃあ、仕事中の営業スマイルが嘘みたいに、口元の引き攣った笑顔でイヤミを垂れてくるほどだ。

それはメールの返信も同じく。

急ぎじゃない話は例外として、すぐに返事が欲しい時は3分ごとぐらいに同じ内容のメールしてくるから。
そのうちキレ気味に電話してくるから。

そんで、こんな土曜日の夕方にメールしてくる場合は、大抵急ぎなのよね。

私は右手でパソコンのデータを保存し、シャットダウンしつつ、左手に持ったスマホの画面をスクロールする。

『今日、早めに仕事終わらせるから。一緒にメシ食おう』

ほらね、伊達に2年付き合ってませんのよ。

何食いたい?
今どこに居んの?

そう、質問を浴びせかけてくる相変わらずの高圧的なメールに『ドトールでレポートなう。会社近いし私が行くわ』とだけ返事をして、私はパソコンと教科書を鞄にしまい込んだ。

どうせもう仕事は終わってるはず。

仕事終わったからデートしよう、とか。
迎えに行くけどどこに居る?とか。

そんな風に素直に言えない恋人に呆れつつ、それでも可愛いと思ってしまう私はもう色々と溺れてしまっている。

『分かった、待ってる。あと、時代はもうにゅっとだから、にゅっと』

そう、高速で返って来たメール。

やっぱりもう終わってんじゃないの。

私はあわててマグカップを返却口に返し、店を後にした。
人だらけの繁華街を、出来るだけ早足で歩く。

そう、何を隠そう、私の恋人は待たされるのがとても嫌いなのである。



◇◇◇



「おっせえ」
「……一緒にご飯食べられるなら、仕事が終わる前にメールしてって前に言った」
「連絡遅れたから、俺が迎えに行こうと思って場所聞いたんだよ。俺が行った方が8倍は早かったな、間違いなく」
「ハイハイ、スミマセンネ」
「もうちょい心込める努力見せろや」

そう言って、元々釣り目気味な目を歪ませて、それでもどこかその童顔に似合わないニヤついた表情を浮かべるその人は、私の恋人。

自称若手らしい、細身のスーツ。
それがイヤミなほど似合う長い手足。

背の高い私の恋人は、いつも威圧的に私を見下ろすのだ。

「なに食いたい?」
「常に尋問されてる気分」
「あ?じゃあもう家でカレーで良いよな」
「外食じゃなけりゃなんでも良いです」
「スーパー行くかー」

珍しい。

あまり『待つ』ということをしたがらない恋人は、注文してすぐ食事が出てくる外食を好む傾向があるというのに。

「一人で食う時は家で食うよ」
「そりゃそうだろうね?」
「家でカレー作っといてもらえれば、一週間は食うに困らない」
「わしゃアンタのおかんか」

まぁ、良いんだけど。
外食ばっかして体に悪いごはん食べられるよりマシだし。

所詮カレーなわけですが。

「なにカレー?」
「肉」
「いや、肉は入れるけどさ。なに肉?」
「あー……トリ肉?」
「あいよ」

奏くんのマンションに帰るまでの道にあるスーパーに寄った私達は、言葉を交わすまでもなく、カゴとカートをそれぞれ取りに行く。

私がカートを。
奏くんがカゴを。

付き合い始めて、早2年。
なんとなく出来上がった役割分担だった。

「にくー、にくー」
「ささみ?」
「ささみは肉じゃねえ、脱脂綿だ」
「肉だよ。もも肉で良いの?」
「中辛でお願いします」
「いつもの?」
「いつもの」
「いつものは辛口でハチミツ入りだって言ってんじゃーん」

覚えないなー、奏しゃんはー。
そんなことを言いながら肉を選んでいたら、覚える気がねえんだよ、と悪びれない声が降って来た。

「情けねぇ大人だな」
「うわその言い方すげえむかつく」
「奏くんのマネなんですけど」
「俺はもっと可愛いよ」
「自称きゃわたん男性、カッコ28歳カッコ閉じ、未婚」
「可愛いは正義だろ」
「奏しゃんは自分のこと本気で可愛いと思ってるとこが凄いと思います、まる。戦闘力高すぎブロリー」

そんな話をしながら買い物を済ませ、私達は日の落ちた道を歩く。

とは言っても、職場から近いというだけで選んだらしい奏くんのマンションへはすぐに着いてしまうのだけれど。


 
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