短編小説3

□オトナ検定
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「お邪魔しまーす」
「どうぞー。ただいまー」
「おかえりー」

玄関の電気を付けながら、私がお邪魔しますを言って、奏くんがただいまを言って、それに私がおかえりを言う。

付き合い始めて2年、これもなんとなく出来上がった私達の役割分担だ。

「もう作り始めちゃうね?」
「うん、着替えたら俺も行く……あ、手ぇ洗えよ。今年のノロはやべえぞ、まじで。今年のあいつら本気」
「今年から本気出してきた?」
「俺来年から本気出す」
「去年も聞いた」

どちらが笑うわけでもなく、淡々とそんな会話をしながら奏くんはクローゼットのある寝室へと消えて行く。
それを見送りもせず、私はそれまで奏くんが持ってくれていたスーパーの袋を持って、台所へと向かった。

手を洗って、うがいをして、奏くんが買ったゼリーとヨーグルトと豆乳を冷蔵庫にしまってから、私は夕食の準備を始める。

て言うか奏しゃん、アラサーOLのデザートみたいなもんばっか食べてる。

「桃花ぁ、俺のジャージ知らねえ?」
「部屋に彼女来てんのにジャージ着ないでくださーい」

寝室から聞こえる声に応えながら、トリ肉の下ごしらえをして、野菜を切る。
人参とジャガ芋の皮剥きの楽しさは異常。

「めんどくせえからもう良い」

そう言って台所に入って来て、流しで手を洗うその人は言葉通り、スラックスをジーンズに履き換えているものの、白いワイシャツはそのままだった。

あーあ、またそんなことして。

「シャツにカレー付くよ」
「俺、白シャツカレー食し検定準1級持ってっから問題無いです」
「こないだオムライスのケチャップ付けてたくせによく言うわ」
「ケチャップ検定は受けてないから。さーて、俺なにする?」
「たまねぎをお願いします」
「皮剥き?」
「刻むのとザク切りも」
「……腹減った」

どうやら、たまねぎを切る役を割り当てられたことが不服だったらしい。

不機嫌そうに顔をしかめてたまねぎを見つめるその人は、やはりお腹が空くのも待たされるのも大嫌いなのである。

「早く食べたいなら早く切りましょう」
「…………」

無言でぺりぺりとたまねぎの皮をめくり始める姿は、さしずめ『ママのお手伝いをさせられる少年』だ。

「肉炒めまーす」
「……くそ、目ぇ痛え」
「面倒臭いので、もうジャガ芋と人参入れちゃいまーす」
「…………みじん切り要んの?」
「溶ける要員だよ。早くくださーい」
「……ココイチ行きてえ」

ぐだぐだ言いながら、それでもたまねぎを切り終えた奏くんは、滲みる目に耐え切れなかったのか、流し台でざばざばと顔を洗い始める。

「あ、ごはん炊いてないや」
「朝炊いたやつ、保温してあるから」
「朝から保温とか……貴族か」
「いっぱしの社会人やってんだ。ごはんくらい保温させろよ」

材料を全部ぶち込んで、水入れて、何回かアクを取って。

あとはしばらく放置するだけ!

「これだからカレーはやめられない!」
「…………まだ?」
「食べても良いけど、たぶんジャガ芋かっちかちやで」
「…………腹減ったー」
「なんかして待ってなよー。スネイクしなよ、スネイク」
「あれもう飽きた」
「はやっ!」

数日前までは『スネイクのことしか考えられない』だの『別れ話も辞さない』だの言ってたくせに、もう飽きてしまったらしい。

子供か。

欲しがってたおもちゃをクリスマスプレゼントとして買ってもらうも、27日には飽きちゃってる子供か。

「…………まだ?」
「まーだー」

アク取りのために鍋の蓋を開ける私に付いて来ては、後ろから腰に手をまわしてぐずぐずと駄々をこねる。

空腹で弱りすぎでしょう。

これで28歳の社会人だと言うのだから、世の中は恐ろしい。

「……まーだー?」
「まだー」
「…………餓死する」
「しなーい」

28歳の、バカみたいに背の高い男が私に抱き着いて、ぐずぐずぐずぐず。

「奏くん子供みたいですよー」
「当たりめーだろー。俺、大人検定は受けてねえもんよー」
「…………なるほど」

納得しましたわ。

「て言うかな、男で大人検定受けてるやつとか早々居ねえからな」
「それはお母さんも言ってた」
「だっろ?さっすが、ハルちゃんは分かってるわー」
「いつの間にハルちゃん呼びに……?」

いつの間にそんな仲良くなってらっしゃるのですか。

まぁ、良いことですけれど。

「よし、もういっか。奏くん、お皿出してごはん入れてー」
「よっしゃ任せろ!ごはんよそい検定1級の実力を見せてやるぜ」

奏くんがお皿を出すのを見届けてから、私はコンロの火を止めてルーを入れる。
それからハチミツを入れて、少し味見。

ん、まぁこんなもんか。

「あ、ごはんこぼした」
「ちょっと!?ごはんよそい検定1級は!?」

どうやら大人検定との併用じゃなければ、ごはんよそい検定は力を発揮しないらしい。

「ごはん踏んだ」
「…………奏くん、あのさ、」

大人検定の取得も視野に入れてみましょうか。



















「……あ、やべ。カレーこぼした」
「ちょっとぉおお!拭いて!すぐ拭いて!」
「大人検定無いと無理だわコレ」
「…………やっぱ取ろうか、検定」
「ユーキャンに資料請求するわ」
「ユーキャンかよ」

















完.
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