短編小説3

□2月馬鹿とチョコレート
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兄貴が社長を勤める会社はなんとか上手くやっているらしく、年の瀬なんかは非常に忙しそうだった。

その反動なのだろうか、このザマは。

「とにかく、かめはめ波だぜ光成」
「ええ……練習します」

……社会こええぇぇ!

忙しさで頭やられんのかよ……。
いやこいつら前からこんなだったわべつに変化ねぇわ……。

出来るだけ関わりたくねぇ。

そう思ったおれは今だ某かめはめ波のポーズを練習するアホ共の横をすり抜け、タイムカードを押すことにした。

自分のカードを選び、機械に差し込み、ボタンを押す。

ピ、とボタンを押し込めば『これはクリリンのぶん!』と、クソほど似てねぇ兄貴のモノマネ音声が流れた。

「…………」
「……作ってみた」
「ランダムであたしの『パトラッシュ、僕もう疲れたよ』も流れますよ」
「…………む、」
「む?」
「ムムム?」
「無駄なもん作ってんじゃねぇぞこのチンカスどもがぁあああああッ!」
「湖子!下ネタはやめろ!」
「……なんでしょう、今すごくドキドキしました……!」
「目覚めてんじゃねぇええええ!!」

2月上旬、気付いたこと。

やっぱおれ達にバレンタインやシリアスは向いてない。



◇◇◇



そして、その日はやって来た。

2月14日。

恋人達にとって特別な日。
恋人未満の男女にとっては、運命の日。

しかし、おれは結局その日まで、街中を飲み込むバレンタインムードに流されることは無かった。

そりゃあ、ふわふわしたラッピングやハートのチョコレートを可愛いとは思うぜ?

でも、おれには似合わないし。

光成と付き合ってから初めてのバレンタインかもしれねぇけど、友人としての付き合いから換算すっと、今更感が凄まじいし。

…………でも。

Blue Roseのホスト達にチョコレートやプレゼントを持って来る女の子達を見ているうちに、さすがに何もやらないのはなんだか可哀相な気がして来て。

おれは休憩時間にコンビニに行き、おれがこの世で一番美味いチョコレートだと思っている明治の板チョコを購入した。

そして、どこか緊張しながら、そいつへと電話を掛けたんだ。

プルル、プルル。

そいつは2回のコールの後、少しくい気味に電話に出る。
いつも通りだった。

『もしもーし?ココさん?珍しいですね、電話なんて。どうしたんですか?』

電話だといつもより少し高く響く、女々しい声。

どくどくと、なぜか早くなる心臓に焦りながらも、おれは出来るだけいつも通りの声を出す。

いつも通りの、そっけない梓川湖子の声を。

「あー、あのさ、今夜時間ある?」
『はい、ココさんのためなら何時間でも』
「うるせえイタリア人、恥じらいを持て。まぁ良いや、今日厨房に人いっぱい入っててさ、内勤居るわりにみんなアフター出ちまってヒマだから、おれいつでも抜けられんだ。だからお前の都合良い時間に行くけど……何時なら良い?」

ただ、簡単に『バレンタインデーだからアフター以外ヒマだ』とそう言えば良かったのに。

なぜかおれはそれを躊躇ってしまった。

なんでだろう……なんか、こう、急激に恥ずかしくなったんだ。
結局は手にチョコレート持ってる自分に。

まぁ、板チョコなんだけど。

それでも、手の中でチョコレートが溶けだしそうなほどに。

おれの頬は熱くなっていた。

そして、そんな風にもじもじと足をバタつかせながら電話をするおれの耳に届いた女々しい言葉は、おれの予想を遥かに上回るものだった。

『ほんとですか?なら今から向かいます』
「…………は?」

今から……って。
お前、今どこに居んの?

『スタバに居ますよ』
「スタバぁ!?」

何を隠そう、Blue Roseから徒歩45秒の場所である。

なんでそんなとこに居んだよ!?

『ココさんの仕事が終わるの待ってるつもりだったんですよぉ』
「はあ!?」
『スタバでスタンバっていたわけで、』
「そういうのいいから!!」

え!?なんで!?
なんで光成がおれんこと待ってんの!?

今日は響さんが夜勤だからって、兄貴が血の涙流しながら迎えに来るって言ってたはず……。
だから、兄貴の代わりに光成が迎えに来てくれる日じゃねぇのに……。

『とにかく今から行きますねー』
「え、あっ……ちょ、」
『失礼しまぁす』

プツン。

軽い音を立てて切れた電話に一瞬呆然としたおれだったが、ハッと我に帰る。

やべ、急がねぇと!

なんてったってBlue Roseとスタバ、徒歩45秒しか離れてねぇからな。
あいつの足なら30秒ってとこだろう。

「マサヤ!おれ帰る!!」
「おー、帰れ帰れ。むしろなんかもう今日の給料払いたくないわ」
「夕方からの分はくださいお願いします」

いろんな意味で兄貴のあとを継いだマサヤに声を掛け、おれは早足で事務所へと向かった。


 
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