短編小説2

□うさビッチ
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ビッチ【Bitch】

雌犬、娼婦、ふしだら、尻軽などの意味を指す罵倒語。

(Wikipediaより抜粋)




















『うさビッチ』




















変だと思ったんだ。

家に入った途端、玄関に見知らぬメンズ物の靴があったから。
……見知らぬ、というのもおかしいか。

靴の主が誰だかは知っている。

でも。

誰も居ない、留守のはずの我が家に何故彼が侵入しているのか。

……理由だって、分かってる。

ただ、認めたくないだけ。

「……なにやってるんですか、」

嫌だ嫌だと思っても、わたしの体は勝手に自室へと進む。
二階の右手、10年近く使い続けている自らの部屋の、古びたドアを開ければ。

「あぁ、お絹。おかえり」

さも当然のように、留守のはずのわたしの部屋で寛ぐ幼なじみ。

宇佐美、一樹。

彼とわたしは、小学1年生の時から現在の高校3年生まで、ずっと学校が同じで。
と言うか、クラスでさえ、ずっと同じで。

つまり、幼なじみ、と呼んでもおかしくない関係なわけで。

でも。

どうして?

どうして彼は、わたしのベッドで。
しかも、全裸で。

横たわっているの?

「宇佐美くん……、」
「なに驚いた顔してんのさ、お絹。今更でしょ」
「……わたし、お絹なんて名前じゃない」
「それも今更」

そう、全ては今更。

彼がわたしを『お絹』と呼ぶのも。
彼がわたしの部屋で、ベッドで、彼女とセックスするのも。

ぜんぶ、いまさら。

部屋の中の籠もった空気が、今更鼻についてしょうがない。
すっぱいような、青臭いような。

……これも、今更か。

「どうしたの?入れば?」
「……ここは、私の部屋、です」
「知ってるよ。だから入ればって言ってんじゃん」

そう、けろっとしたままベッドで寝返りを打つ少年は、いつも。
いつもいつも、わたしの部屋に自分の彼女を連れ込む。

いつもいつも、違う彼女を。

わたしは自室とは思えないほど居づらい部屋へと足を進め、後ろ手でドアを閉めた。

ばたん。

ドアが閉まった途端、急に強く感じた香水は……やっぱり。
今日もまた、前と違う香りがする。

「お絹?どうしたの、おいでよ」
「……また、違う、香水」
「ん?あぁ、そーだね、今日初めて会った子だったから……うーん、フェラガモっぽいけどなー、ドリーム系かな?」
「知りません、そんなこと」

知りません、そんなこと。

香水の匂いも。
どうしてあなたがそんなに女の子にだらしなくなったのかも。

なぜ、わたしの部屋を選ぶのかも。

わたしは知りません。
わたしには、分かりません。

「……どうして、ですか?」

顔を上げられないわたしは、じっと床の木目を見つめながら問い掛ける。
幼なじみ、と呼ぶべきその男に。

どうして、ですか。

「なにが?」

どうして、わたしの部屋なのですか。

「なにが?」

どうして。
どうして。

「どうして、自分のお部屋で、っ……その、ぉ、おんなのこ、と、」
「セックスしないかって?」
「ちが……っ!ぁ、会わないかってことで……ッ!」

あからさまな表現に頬が熱くなる。
勢い良く顔を上げたわたしに、目の前の男は……宇佐美くんは、あっけらかんと言い放った。

「お絹、セックスに縺れ込むにはね、タイミングが大事なんだよ、タイミングが」

タイミング……?

「そ、いざ『する』ってことになっても移動時間が長いと冷めちゃうの。体もテンションもね」
「答えになって、ませ、ん……、」
「なってるよ。いつもいざって時にラブホより近いお絹の部屋が悪い」

……なんだ、それ。

あまりにも自己的過ぎる意見に呆気に取られるわたしの前で、宇佐美くんは不思議そうに首をかしげる。

「お絹、どうしたの?俺なんか変なこと言った?」

こてん、と小首を傾げるその姿。

昔から可愛らしかったこの男、高校生になってから突然女の子にだらしなくなった。
と言うか、周りが変わったのだろう。

発達が遅めの骨格。
女の子ばりの柔らかい髪。
まだ変声期を迎えぬ高めの声。

それに相反する、若い性。

……宇佐美くんも悪いけど、周りの女の子も悪いよ。
彼女が居ても良いから、だなんて言って彼との関係を迫る女の子は一人や二人じゃないから。

でも。

一番悪いのは、宇佐美くんだ。

「ぅ、ううう宇佐美くん……ッ!」
「はいはいなんですか絹江さん」
「ちょっとそこに正座しなさい……ッ!」

この男を叱るのは幼なじみのわたしの仕事だ、なんて妙な使命感に駆られたわたしは、持てる限りの勇気を振り絞って彼を怒鳴りつける。


 
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