短編小説2

□異常者の恋
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僕の日常は毎日同じ。

毎日同じ時間に起きて。
毎日同じ時間に家を出る。
毎日同じ制服を着て仕事をし。
毎日同じ時間に帰宅する。

そして。

そんな僕を。

彼女は毎日、殴るんだ。



……ねぇ、本当に異常なのはどっち?


















『異常者の恋』


















午後5時。

定時で終わる仕事を選んだ僕は、毎日同じベルの音で仕事を終える。
そして、毎日同じ時間の電車に乗るんだ。

毎日同じ時間の、毎日同じ電車の車両に乗り、毎日同じ駅で降りる。
……これは普通か。

それから。

毎日同じ道を、毎日同じ歩幅で歩く。
そうすれば当然、毎日同じ時間に自宅へと到着するわけで。

午後、6時。

毎日きっかり同じ時間。
僕は自宅のベルを押す。

ぴんぽーん。

間の抜けたその音の後には、いつもドアの向こうから音がする。
ぺた、ぺた、というゆっくりしたスリッパの音が。

ガチャ。

毎日同じ速度で開くドアからは、毎日同じ、いつも顔色の悪いキミの顔が覗く。

……ああ、やっぱりキミは綺麗だ。

「ただいま」
「……おかえりなさい」

か細くて、消えてしまいそうな声。
抑揚の無いそれが僕は好きだ。

にこにこと微笑む僕をそのままに、キミは廊下の先のリビングへときびすを返してしまう。
そんな素っ気ないところもまた好きで。

彼女を追い掛けるように玄関へと足を進め、ガチャンと音を立てたドアに鍵を掛ける。

……ああ、また鍵を増やしたのかい?

毎日なにかに怯えている僕の奥さんは、どんどんどんどん鍵の数を増やしてしまう。
ドアの端、縦にずらりと並んだ頑丈そうなたくさんの鍵達。

これじゃあ閉めるのも一苦労だよ。

困ったものだ、だなんて溜め息を吐きながらも、僕は彼女のそんな臆病なところも好きだから許せてしまう。
たくさんの鍵を全て掛けてから、僕は靴を脱いで朝振りに歩く廊下へと足を付けた。

真っ直ぐ進めば、リビングのドア。

透明なガラスのそれを越えれば、また僕の毎日同じ日常が帰ってくる。

がちゃ。

見た目通り軽い音を立てて開くドアの間に体を滑り込ませ、また軽い音を立てて閉まるドアを後ろ手に閉める。

がちゃん。

……それが、僕等の合図。

ご、と鈍い音と痛みを感じた瞬間、僕の体はリビングのフローリングへと叩きつけられた。

「っ、ぐ、……ぅ」

あぁ、今日は顔からか。

ずきずきと鈍い痛みと皮膚の引きつりを感じながら見上げた先には、僕の愛する可愛い奥さん。
彼女はまるで自分が暴力を受けているかのように怯えた顔で僕を見下ろしていた。

……ああ。

「今日も、綺麗、だね……」
「しゃべらないで」
「……どうして?僕は、ぐ、っぁ」

本日、2発目。
彼女の細い足からは考えられないくらいの力で鳩尾を蹴飛ばされて、ヒキガエルみたいな声が出た。

「綺麗だよ、キミは……、綺麗、だ、」
「しゃべらないで」
「どうして?キミは綺麗だ、……愛する人を誉めて、なにがいけないの?」
「しゃべらないで、こっちを見ないで、しゃべらないで、しゃべらないでしゃべらないでしゃべらないで!」

彼女はその充血した大きな目を更に見開いたかと思えば、昨日使ったまま近くに放置されていたガムテープをびぃっと引っ張る。
そしていつもと同じように、それで僕の目と口を塞いでしまうのだ。

あぁ、取る時痛いから嫌なんだけどなぁ。
キミの顔も見えないしね。

真っ暗闇になってしまった僕にあるのは聴覚と痛覚、それから味覚くらいかな?

彼女は僕を殴り続ける。

じんわりと感じる、血の味。
時折聞こえる、彼女のか細い泣き声。

痛みは確かにヌルいものではないけれど、体の小さな彼女の力なんて高が知れている。


 
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