短編小説2

□春は恋の季節です
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夏は暑くて嫌いだ。
冬は寒くて嫌い。

秋は花粉のせいで鼻がむずむずする。

なら、春は……?



















『春は恋の季節です』



















5月、某日。

ぽかぽかと暖かく、しかし爽やかな風の吹き抜ける過ごしやすい気候の中、俺は自宅への帰路を急いでいた。

自宅、と言うより、俺を飼っている主人である啓介の家、と言った方が正しいか。

俺は啓介の飼い猫だからな。

……いや、更に正確に言うならば啓介と美樹の家、だろうか。

思い返せば、約半年前。

とある寒い日のこと。

13日の金曜日という、俺が言うのもなんだが、縁起を担ぐには最悪な日取りに啓介は美樹にプロポーズした。
そんなヌケた啓介に、どこか啓介に似たマヌケさを持つ美樹は二つ返事でオーケーを出し。

二人はこの春、入籍したのだから。

つまり、二人は立派な夫婦になったというわけだ。
新婚生活もひと月を迎えれば落ち着いたもので。

……てことは、あいつと同じゲージで暮らし始めてもうひと月経つ、ということになるのか。

短いような、長いような。

ぐしゃぐしゃな三毛色の髪を思い出し、知らずと歩幅が広くなった。

背筋を真っ直ぐに伸ばし、くっと顎を引き、しっぽを立て、ゆっくりと、しかし速やかに塀の上を歩く。
自分で言うのもなんだが、俺は見て呉れは悪くない方だと思う。

『見て呉れだけは良いのですから』と、いつも俺を睨み付ける同居猫のあいつが頭に浮かんだ。

……やべえ、口元緩む。

「あら、リクじゃないの」

名前を呼ばれ、俺は慌てて口を引き結ぶ。
振り返れば、そこには近所に住むアメリカンショートヘアーの姿。

「どうしたの?最近あまり外で見かけなかったから良い娘でも見つけたんだと思ってたのに」
「まさか。お前以上の雌がいるかよ」
「あら、また上手いこと言ってくれちゃって」

みんなにそう言ってるんでしょ、とその派手な顔を歪ませて、アメリカンショートヘアーは笑う。

……えーと、こいつ名前はなんつったっけ。

「リク?どうしたの?」
「ん?いや、ちょっと考えごと」
「妬けるわねぇ、どこの可愛子ちゃんのことかしら?」
「だーから、お前以上は居ねぇよ」

だ、か、ら、なんつー名前だったけ、こいつ。
何度か散歩した記憶はあんだけどな……あー、思い出せねぇ。

「嬉しいこと言ってくれるじゃないの。……ねぇ、リク」
「なんだよ?」
「これからちょっとどう?」

なぁご、と甘く喉を鳴らされて。
お、と思う。

「良い場所見つけたんだけど」
「……へぇ、良いね」
「ね、誰にも邪魔されないところなの……行きましょうよ?」

なぁご、なぁご。

吐き気がするほどの色気を香せながら、名前も思い出せないアメリカンショートヘアーは体をくねらせる。

……あぁ、そういやそういう時期か。

「それとも誰かと先約でもあるのかしら?この時期は忙しいでしょ?」
「まさか。暇を持て余してるよ」

あからさまなほど色を含んだ目で見られても困る。
まったくヤる気さえ起きねぇ。

この時期は面倒臭ぇな……、ってこの思考は雄としてどうなの、俺。

「じゃあ、ねぇ、……良いでしょう?」
「あー……うん、いや、」

二年前なら飛びついたであろう誘い。
事実、二年前の春は随分楽しませてもらった記憶がある。

が。

今の俺には三毛のあいつしか浮かばない。

「悪いな、おねーちゃん」
「……おねーちゃん?」
「ちょっと家にガキ残してきたんだわ」
「ガキ……?ってあんたついに身ぃ固めたの!?聞いてないわよ!?」
「いやいや、そうじゃなくて。最近な、飼い主が結婚したんだよ」
「あぁ、それなら聞いてる」
「その相手が三毛猫連れて来たんだよ。だから悪いけど帰んねぇと」
「…………ふーん、そう」

そう言って、目の前のアメリカンショートヘアーは……って、あ、もしかしてこいつ“アリス”つったっけ?
……違う、アリスは隣町のアメリカンだ。

「大変ねぇ、子守なんて」
「……まぁな」

とにかく目の前の、発情期真っ最中らしきアメリカンショートヘアーは、ふーんと面白くなさげに鼻を鳴らす。

あー、早く帰りてぇ。

「この時期に子守なんて可哀想ねぇ、リクも。しかも三毛猫の雌だなんて」
「…………あ?」
「三毛猫なんて地味だし毛並みは汚いしマダラだしスタイルは悪いし最悪じゃないの」

……ぷつん。

名も知らぬ猫の嘲笑うような物言いに、どこか頭の隅っこで何かがキレる音がした。

「発情期もまだなんでしょう?地味で汚くて色気も無いなんて雌としての価値が、」
「黙れクソ猫」
「………………ぇ?」

確かにあいつはガキだし髪は汚ぇしマダラだし地味だしありきたりな日本種でスタイルも悪ぃよ。

でもな。

そんな風にあいつを馬鹿にして良いのは、俺だけだ。


 
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