短編小説2
□7mミルキーウェイ
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小雀町、七番地。
秋になればキンモクセイの匂いが立ち込める、俺達の小さな住宅街。
そんななんの変哲もない町内に住む、なんの変哲もない俺達『川嶋』さんと『戸田』さんの表札は、なんの変哲もない道路を挟んだ向かい同士に上げられている。
その、広くも狭くもない道路、それが。
俺とあいつの天の川。
『7mミルキーウェイ』
「それ以上入ってくんなし」
無情にも叩きつけられたそのセリフに、俺の足はぴたりとその動きを止めてしまった。
小雀町、七番地。
なんの変哲もないその町にある自宅前で、俺は正に今、越えられない壁の高さを突きつけられている。
「なんでだよ!」
「今日の日付を言ってみるっちゃ」
「7月6日だ!」
「約束は7日のはずでしょう。ほら、お下がんなさい、風邪引き君」
「風彦だっつってんだろ!彼氏の名前くらい覚えろこのトリ頭!」
本日、7月6日。
7月に入り、まだまだ蝉は鳴かなくとも蒸し暑い日が続く。
そんな炎天下で、俺達カップルはなにをやってるんだろうね。
「ねぇ風彦くん、私もう家入っても良い?暑い」
「ぁ、俺の部屋エアコンきいてんぞ!時代はエコだ、俺の部屋で涼めば、」
「調子乗んなし」
「さっきからちょくちょくなんなのその口調!」
照りつける太陽。
下からはコンクリートが俺達を鉄板焼きにでもしようとしているに違いない。
そんな夏真っ盛りの空の下で、俺、川嶋風彦は自宅前に突っ立ち、道路を挟んだ向かいに立つ彼女へ、延々と声を張り上げている。
「ちょっとあのすいませんけど夏姫さん!俺そろそろ喉痛いし暑いです!」
「おっきい声出すからでしょう」
「出させてんのはテメェだろうが!」
こんなクソ暑い日に誰が汗流しながら大声出したがるかよ。
それでも俺が声を張り上げる理由、それは先程から俺と話しをしているトリ頭オンナが原因だ。
「べつに私頼んでませんよ」
そう言って、普段通り死んだ魚みたいな目をする戸田夏姫は俺の幼なじみ兼、彼女。
俺達は物心付いた時からいつも一緒だった。
まぁ家は道路を挟んだ向かい同士だし、両親同士も特別仲が良かったからだろうな。
学校も、現在の高校までずっと一緒で、登下校もずっと一緒にしてる。
そんな俺達が付き合い始めたのは中学2年の時。
それは極自然的なことに思えた。
誰もが口を揃えて『まだ付き合っていなかったんだ?』と言ったほどに、俺達は親密な関係だったから。
だから、付き合い始めてからも俺達の関係はさして変わらなかったんだ。
毎日一緒に登校して。
休日は一緒に出掛けて。
その時に手を繋ぐようになったくらいか?
俺達はなんにも変わらなかった。
ただ、一つを除いては。
「いいかげんにしろよ!家でべつに変なことしようってんじゃねぇだろ!用事だ用事!」
「だったらそこからどうぞ」
「だー!ちくしょう死んだ目で見んな!」
昔っから死んだ魚のような目をしていた夏姫は、今日も変わらず死んだ魚の目をしている。
そして、今日も俺を戸田家へと近付けさせないのだ。
……俺達の唯一の変化が、それだ。
付き合い始めたその日から、夏姫は絶対に俺を自室に入れてくれなくなった。
そして、俺の部屋へも来なくなったんだ。
「夏姫!お前ん家の金魚元気か!昔、縁日で掬ったやつ!久々に見た、」
「ちょっと待って。水槽取って来る」
「その労力は厭わねぇのかよ!」
そう、そして更に言えばこのように、俺達の家の間にある広くも狭くもない道路を境界線とし、戸田家へと近付くことも許さなくなったんだ。