短編小説2
□世界崩壊のお知らせです
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初めて、心の壊れる音を聞いた。
『世界崩壊のお知らせです』
「…………あれ?」
とある金曜日の午後。
暖かな日差しの差し込む講義室の一席で、俺は昼食後の眠たい頭をろくに働かせる努力もせずに、お偉いらしい教授様の自慢話を聞き流していた。
この本に載ったー、だの。
誰々に表彰されたー、だの。
そんな話するためにたっかい金で大学に呼ばれたわけじゃないだろ。
ちゃんと講義しろよ。
ま、時間は有意義に使う主義だ。
俺はさっきから別口のレポートに夢中になっている。
これだけ後ろの席なんだ。
この無駄に広い講義室じゃ、俺がぼんやりしてようが寝てようが、別のレポート書いてようが、あの教授様々には見えてないだろうよ。
ほぼ出来上がっていたレポートに目を通し、修正点を赤のペンで書き込む。
この作業を手書きでやってる俺はなんて昭和臭い男なんだろうね。
そんな、最中。
「…………っかしいな、」
いつも使っている赤ペンが見つからず、俺はペンケースの中身をひっくり返した。
まぁ元々そんなに容量の無いペンケースだ、パッと見りゃ無いのは分かってるんだけどな。
最後の悪あがきさ。
「……ちょっと、なにやってんのよ」
机の上にばらばらと散らばったペンの一本を差し出してくれながら、それまで黙って隣に座っていた荻原明菜は呆れたような声を出す。
ちなみに、明菜は付き合って一年になる俺の彼女だ。
「レポート書くのは良いけど、せめて静かにやってよね」
「俺の赤ペン知らない?」
「赤ぺんー?知るわけないでしょ」
「っかしいなぁ……どっかに忘れて来たのかぁ?お前の部屋とか無かった?」
「あったら持って来てます」
だよなぁ。
「てゆーかさ、祐。前にもボールペン無くしたとか言ってなかった?」
「消しゴムも無くしたぜ」
「小学生か。」
「あとお前から貰ったピアスも無くしました、すいません」
「えぇー?ちょっとぼーっとし過ぎなんじゃないのー?」
「……面目ないです」
呆れたようにそう呟く明菜を横目に、俺はぼんやりと最近無くしたものを思い返す。
ボールペンに消しゴムにピアスに鍵に赤ペンに…………やべ、思い出せば思い出すほど出てきやがる。
確かに最近ぼーっとし過ぎかもな。
……色々あったし、な。
「…………はぁ、」
ここ半年の出来事を思い返せば、意識せずとも重い溜め息が零れる。
それほどに、怒涛の半年だったんだ。
そんな俺に気がついたんだろう。
明菜は横からそっと伺うように、俺を見つめてくる。
「……みどりちゃんのこと?」
「…………あぁ、まぁな」
「みどりちゃん、まだ大変な感じなの……?」
「……ま、状況変わらず、だな」
「…………そっか、」
ちゃり。
何気なく触れた、簡素なペンケースに引っ付く可愛らしいクマのキーホルダー。
男子学生が持つにはファンシーすぎるそれは、今も暗闇に閉じこもっているであろう少女が、明菜とペアで俺のペンケースに付けてくれたものだ。
市川みどり。
俺、市川祐の妹……いや、義妹。
みどりはどこかとてつもなく遠い親戚の娘で、なにか深い事情があって産まれてすぐに市川家に引き取られたらしい。
二つしか歳の違わない俺の記憶じゃ、みどりは物心付いた頃から俺の妹だったしな。
俺がみどりを“義妹”だと知ったのは数年前。
俺が中学生の時だ。
正直、真実を知ったところで俺はなんとも思わなかった。
みどりが大切な妹であることに変わりはなかったし。
ただ。
当時、みどりは小学生だった。