短編小説2
□世界崩壊のお知らせです
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まだまだ精神的にも成長していない小学生に『自分は貰われっ子だ』と知らせてはいけないことくらい、中坊の俺にだって分かることだったんだ。
だから。
俺は両親に、みどりが二十歳になるまではその事実を隠すことを誓った。
…………でも。
「バレちゃったん、だよね……?」
「どんな手段使ったかしんねぇけど、戸籍抄本取ってきやがってな……」
「うっすら気付いてたんだろうね……そこまでするってことは……」
「まぁ、一年くらい前から様子はおかしくなってたから。半年前に俺達に抄本叩き付けてからは、もうずっと半引きこもり状態だよ」
お手上げだ、と少しおどけてた笑ってみせても、明菜は俯いたままの顔を上げようとしない。
「…………つらかったんだろうね、みどりちゃん」
「……大丈夫だって」
「でも、まだ高校生なのに……、」
「もう高校生、だ。あいつももう何も分からないガキじゃないさ」
「…………でも、」
まるで自分がつらい想いをしているかのような、顔。声。
俺は明菜のこういう、他人の家族の問題を自分の問題くらい大切に思ってくれる、思ってしまう、少し困った、でも酷く優しいところが好きなんだ。
「ま、そんなことで俺がぼーっとしてたら駄目だよな。頑張るわ」
「……とりあえずピアスは無くさないでね。赤ペンは貸したげるから」
「はは、恐縮です」
そうして、つまらない講義を終え。
明菜と日曜日に映画を観に行く約束をした俺は、本日の講義を全て終了した大学を後にする。
中華人民共和国もびっくりな数の自転車が停めてある大学の駐輪場から自分のママチャリを探しだし、とりあえず自宅近くのコンビニと本屋へと向かった。
本屋で今日読み終えたばかりの小説の次巻を、コンビニで目的の雑誌とみどりの好きなコンビニスイーツ?つーのか?
とにかく小さなケーキを購入し、今度はまっすぐ自宅へと向かう。
俺の変わらない日常。
父さんと母さんが居ない日は、なにがあってもまっすぐ家に帰る。
たまにひょっこりと部屋から出てくるみどりを、あの家で独りきりにさせたくない。
幸運なことにみどりは俺に懐いているし、こうやってケーキなんかを買って帰れば部屋から出て来てくれることも多い。
根が真面目な子なんだ。
だから、まだ頭の中の整理がつかないだけで、いつか普通の生活に戻ってくれると信じてる。
みどりは頭の良い子だから、大丈夫。
また二人で遊んだあの頃みたいに、あの太陽みたいな笑顔を向けてくれるはずだから。
キキィッ。
ろくに油も注していない自転車は酷い音を立てて自宅マンション前で止まる。
そこからは手で自転車を引き、借りている駐輪場へと移動。
「祐くん、おかえりー」
「ただいまっス」
マンションのロビーで管理人さんと軽い挨拶を交わし、トレーニングのために9階の家まで階段を駆け上がる。
ろくに体鍛えてませんからね、これくらいしないと二十代にして弛むからね。
「はぁっ、きっつ……ッ!」
がっさがっさと音を立てるコンビニ袋を無視して階段を上がりきればー……って、やべ、みどりのケーキ入ってんの忘れてた。
「…………ま、味は変わんねぇよな」
ぐちゃぐちゃになっているであろう中身を見るのが怖い。
味は変わらないよなと自分を納得させた俺は、自宅のドアへと進み、その鍵を開ける。
前に無くした鍵は結局見つからなかったから、新しいものを作ったんだ。
ガチャリ。
マンション独特の、少しちゃっちく聞こえる音と共に、見た目よりずっと重いドアを開ける。
「ただいまー」
返事がないのはいつものことだ。
「みどりー?お前がうまいって言ってたケーキ買って来たぞー?」
ぐちゃぐちゃかもしんねーけどなー。
そう、みどりの部屋に届くくらいの声で話しながら、俺はシューズの紐を解くためにしゃがみ込んだ。
……と。
かちゃ。
軽い、ドアの開く音。
「……?みど、」
ゴッ!
振り向きざまに聞こえた、鈍い音。
体に、頭に、重い衝撃。痛み。
ぐらりと傾く体。
がさりと、コンビニ袋の落ちる音。
頬に感じる、ひんやりと冷たい床。
意識が途切れる、その瞬間。
視界の隅で、床に零れ落ちたコンビニケーキが、ぐちゃりと醜く潰れていた。
◇◇◇
「ぅ…………、」
酷い頭痛で目を覚ます。
いけね、飲み過ぎたか……?
明菜、悪いけど水くれるかな……?
「…………ぇ、」
俺は目を覚ましたはずなのに。
目を開けたはずなのに、俺の視界は真っ暗なままだ。
体も動かない。
「ぇ、なに……なんだよ、……ぇ?」
腕をなにか紐のような物で縛られていると気付いた瞬間、今度こそ俺の意識は一気に浮上した。
なんだ?
なにが起こったんだ?
頭は痛いままだ。
腕は縛られてる。
視界も真っ暗だ。