短編小説2

□悪者の言い訳
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なんで、この俺が。

こんな冴えないオンナなんかに。






















『悪者の言い訳』






















海外事業部。

俺の所属するその部署は聞こえこそ良いが、やってることはめちゃくちゃだ。
いや、やらされてることは、か。

基本的に日本にはいられない。

アメリカ、中国。
インドにフランスにイギリスにタイにオーストラリアにイタリア、スペイン。

飛べと言われりゃ答えはイエスかハイだ。

おかげでこちとら出身国でウィークリーマンション暮らしさ。
いつか日本語を忘れそうで怖いね。

とは言っても、やはり母国は良い。

その思いは、海外へ飛ぶようになってから非常に強くなった。

アメリカはゴタゴタしてるし。
中国の喧騒には慣れないし。
イギリスのメシはマズいし。

やはり日本は良い。

水道水が飲めるなんて最高だよな。

そんなことを思いながら、約二ヶ月振りに帰って来た日本の本社、その男子トイレにて。
俺はぼんやりと鏡を見つめていた。

……やっと、帰って来た。

二ヶ月、二ヶ月だぞ。
突然飛べと言われた中国に、二ヶ月。
あの、カップルがイチャついてる会話でさえ怒鳴りあってるように聞こえる言語がひしめき合ってる国にだ。

二ヶ月。

いや、言葉やメシなんてどうでも良い。
もっとめちゃくちゃな国だってあるんだからな、慣れっこさ。

違う、……二ヶ月だ。

二ヶ月、日本を離れてた。

つまり。

あいつとも、二ヶ月離れてたってことか。

「ぉ、榎本!ほんとに帰ってたのか!」
「ッ……ぁ、あぁ、おかげさまで」
「なんだー?じぃっと鏡なんざ見つめて。大丈夫、相も変わらず男前だぜ」
「…………そりゃどーも」

そもそもお前が帰って来てるって騒いでたの女子社員だからなー、だなんて能天気に笑っている同僚はあまり好きな相手ではないが、今回ばかりは感謝しておく。

二ヶ月あいつと離れてた?

ハッ……、どうした俺、疲れてんのか?
思い浮かべた“あいつ”って誰だよ?

秘書課の佐々木?
受付の三宅?
同僚のミス北沢か?

誰だって良いさ、あの冴えないオンナ以外なら誰でもな。

「ぁ、そうだ、榎本」
「……なんだよ」
「お前、七瀬さんと仲良かったよな?ほら、あの……事務のさ、」
「……べつに。仲良くはねぇよ」

そう、仲が良いわけない。
あんな冴えないオンナ、体の相性さえ良くなけりゃ視界に入れるのだって不快だ。

それに……あいつは俺に怯えてる。

「むしろああいう奴嫌いなんだよな、鈍臭くて見てるとイライラする」
「ぁー、そうなんだ?いつも一緒に居るから仲良いんだと思ってた。まぁ、それなら好都合なんだけど」
「…………なにがだよ」
「いや、なんか俺の友達が好みだとか言っててさー……紹介しろってうっせぇから」
「………………悪趣味だな」
「お前それは言い過ぎ」

七瀬さん、オレもそんな悪くないと思うけどなー。

そう言ってトイレの個室へと消えて行った同僚と俺は、やはり気が合わないようだ。

あのオンナが悪くないだと?

あんな、鈍臭くて冴えない、スタイルも顔も良くなくて仕事もまともにこなせない、すぐに泣いて、可愛いげが無い、人を苛立たせる行動・言動しかしない、あんなオンナが悪くないだと?

……あぁ、駄目だ苛々して来た。

居ても立ってもいられなくなった俺は、この鬱憤を発散すべく、イライラの原因を探すために男子トイレを出る。

もう定時はとっくに過ぎてんだ。
事務のあいつに大した残業があるとも思えない。

更衣室だ。

「ぁ、見て見て、榎本さん」
「日本に帰って来てたんだー」
「きゃー、明日から会社来んの楽しみになるねー」

オフィスの廊下を歩くだけで、女子社員の誰もが振り返る。
それが当たり前だろ、やっぱり。

なのに、あのオンナと来たら……。

あぁ、くそ、またイラついてきた……。

あのオンナの……七瀬の働く階へと移動した俺は、いつもそいつが使用している更衣室の前へと脚を進める。
そして、その中から出て来た一人を捕まえ、声をかけた。

「ごめん、一つ聞きたいんだけど」

振り向いた瞬間、俺には分かるんだ。
その人間が自分に好意を抱いているかどうかが。

ま、嫌われたことなんてほぼ無いけどな。

それは今回も変わらないらしく、引き止めた女子社員は髪を整えながら普段より高いであろう声で答える。

「な、なんでしょう?」
「あのさ、七瀬あゆみはもう帰った?」
「あゆみですか……?えと、なんか資料探さなきゃいけないって言って、資料室に……、」
「そう、ありがとう」

資料室。

またあいつ、面倒な仕事押し付けられてんな。
断れって、いつもあれほど言ってやってんのに……相変わらず人をイラつかせることしかしねぇな、あいつは。


 
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