短編小説2
□悪者の言い訳
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面倒だが仕方ない。
俺は今度は別練にある資料室へと向かうため、くるりときびすを返す。
資料室って言っても、あいつがいつも使う資料室は特別資料室だから……って、しまった、あの部屋カードキー貰わねぇと入れねぇじゃん。
取りに帰るか……いや、そこらの女に言やあ開けてくれるだろ。
その予想は外れることなく、俺は偶然特別資料室から出て来た女子社員からカードキーを拝借することに成功した。
「もー、ちゃんと受付に返しといてくださいよー」
「分かってますって」
「ぁ、それから、中に事務さん残ってるんだけど……なんか妙な人だったから気をつけてね」
………………イラッ。
……ん、なんだ今の『イラッ』って。
ちょっとイラッとしたぞ……、なんでだ……意味分かんねぇ。
まぁ良いか。
カードキーを貸してくれた女が『また今度飲みに行こーね』なんて話し掛けて来たが、どうにも返事をする気になれない。
それを無視し、俺は特別資料室の鍵を開けて中に入った。
バタン。
ドアが閉まってしまえば、特別資料室は完璧な密室となる。
等間隔に並ぶ本棚にギッシリと詰められた、数え切れないほど膨大な数のファイル。
一面グレーの、正しく箱でしかないこの部屋の中には外の音は入って来ない。
嫌に静かな室内に、耳鳴りさえ起こりそうだなと思い始めた俺の鼓膜を揺らしたのは、二ヶ月振りに聞く抑揚の無い声だった。
「……おかえりなさい」
振り返れば、大量のファイルを抱え込んだ七瀬が……二ヶ月前と寸分違わぬ、冴えない姿で佇んでいた。
「……相変わらず存在感無ねぇな。誰も居ねぇのかと思った」
「…………ごめんなさい」
なんで怒らない。
お前、今、俺に面と向かって酷いこと言われたんだぞ?
なんで、怒らねぇんだよ。
「帰って来るのなら、一言くらい、そう言ってくれれば良かったのに……」
「なんで俺がそんなこと。付き合ってるわけでもねぇのに」
「…………そうだよね、ごめんなさい」
なんでそんな顔で笑うんだよ。
なんで怒らねぇんだよ。
付き合ってるわけでもないって、お前今まで散々体めちゃくちゃに扱われて来た男にそんなこと言われてんだぞ。
なんで笑うんだよ。
なんで怒らないんだ。
なんで、なんで、なんで……!
「っ、ぁ、……っ!」
気付けば、俺は。
七瀬の肩を引っつかんで、グレー色の壁へと押し付けていた。
バサバサと、七瀬の抱えていた大量のファイルが床に落ちる音を聞きながら、口紅の落ちきった七瀬の唇に自分のそれを押し付ける。
苛々する、苛々する、苛々する……!
こんな数のファイル、誰に押し付けられたんだよ。
なに社内の奴なんかに気に入られてんだよ。
七瀬のくせに。
「ふ、ぁっ、……っ、やだ、ゃ、」
いつまで経っても上手く息の出来ない七瀬は、ぎゅうっと俺のスーツを握り締める。
やめろよ、シワになんだろ。
頭ではそう言うつもりだったのに、舌は言葉を紡ぐより七瀬の口内を蹂躙することに夢中になっているらしい。
二ヶ月振りのそれは、酷く体を熱くした。
「やめて、やだ……っ、ゃ、」
「……ヤりたい」
「ッ…………、ふ、ぅ、ぇぇっ……、」
ヤりたい。
俺がそう言えば、七瀬は一切の抵抗をしなくなる。
変わりに。
まるで赤ん坊のように泣き続けるだけ。
抵抗もせず、否定もせず、受け入れることすらしないまま。
ただただ、弱々しく泣き続ける。
最初からそうだった。
初めはいつだっけ?
一年半くらい前か?
入社して暫くしてからずっと、目について目について仕方がない奴が居た。
冴えなくて、鈍臭くて、みんなに良いように使われてるやつ。
それが七瀬だった。
見てると酷く苛々した。
夜も眠れないくらいに、七瀬のことで頭がいっぱいになってた。
だから。
犯してやったんだ、一年半前に。
「っ、力、抜けよ……っ?」
今でも覚えてる。
確かあの日も七瀬は面倒な仕事を押し付けられて、一人でオフィスに残ってたんだ。
あの日はこんな簡単に挿入らなくて、えっらいめにあった記憶も残ってる。
「……犯罪だよな、っ、普通に、」
「っ、んん……ぁ、ぇ、ぇ?」
「なんでもねっ……、集中しろ、馬鹿」
「ぁ、ッ……ひっ、んーっ、ぁ、」
よく考えなくったって犯罪だ。
抵抗しねぇことを良いことに、今だって資料室で服引っぺがして無理やり押さえつけて、犯してんだから。
……でも、こいつが悪い。
「ひっ、ぁっ、ぃ……たっ、」
「……はぁ、あったかい、」
「ッ!?ぅ、……んっ、あ、ぁッ、」
抵抗しないこいつが悪い。
誰にも助けを求めないこいつが悪い。