短編小説2
□弱虫の言い分
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その後のことはあまり覚えていない。
気付けば、制服はぐちゃぐちゃで。
埃っぽい印刷室に私はひとり。
嫌な匂いの立ち込める中、体もぐちゃぐちゃで、体中が痛くって。
足の間に付着した粘液、血。
意識を失う瞬間の彼の言葉を思い出す。
『文句があるなら海外事業部まで来いよ』
彼は笑っていた?
学生時代、返して欲しかったら教室まで来いって、そう言って私の教科書を奪ったあの人達のように、笑っていた?
……思い出せない。
それから、制服に捩込まれた数枚の紙幣。
これは思い出せる。
『タクシー使えよ』って、そう言って彼が制服に捩込んで行った。
「…………多いよ」
有名ブランドのお財布くらいなら買えそうなその金額に、あぁ示談金かと思った瞬間、涙が出た。
悲しかった。
せめて、このお金さえ無ければ。
そこに愛なんて無くても、ただの虐めだとしても、性欲処理だとしても。
私を選んでくれたんだって、そう思い込むことが出来たのに。
……それが、約一年半前の話。
それからというもの、私は幾度となく榎本さんに抱かれた。
……いや、犯された、と言った方が正しいのかな。
海外出張から帰ってくるたび。
会社で私と二人きりになるたび。
彼は私を犯す。
同意のものでなければ、それが犯罪なことくらい私にも分かってる。
そう、それが、同意のものでなければ。
……嫌じゃなかった。
どんなに酷いことを言われようが、それがただのストレス発散であろうが、なんだって良かった。
彼の手が私の体に触れて。
彼の体温を感じながら。
彼の息遣いを聞いて。
彼が自分のなかで果てるのを感じる。
幸せだった。
彼は行為中だけは酷く優しくて。
幸せだった。
それに、顔もスタイルも頭も良くない私には、そうでもしなければ彼に抱かれることどころか会話することすら叶わなかっただろう。
だったら。
彼が私なんかに触れてくれるのなら、なんだって良いと思った。
……でも、現実はそんなに甘くなくて。
再び私は“榎本さんに付き纏う見のほど知らずの人間”として、みんなから疎まれるようになってしまった。
……それくらいならまだ良い。
彼は会社の有望株だから、日本にはほとんど居られないひと。
会社から彼への期待が高まれば高まるほど、彼は私には手が届かない人になって行く。
……駄目だった。
彼の成功を喜べない人間が、彼と関わって良いはずがない。
だから。
何度も何度も、もう嫌ですって、もうやめましょうって、そう言おうと思った。
出張先なんて大それたことをしなくても、調べれば彼の携帯番号くらい分かるはずだから、電話しようって。
そう、思った。
……だけど、出来なかった。
彼を忘れられなかった。
もう一度だけって、諦められなくて……会えばまた、流される。
彼が好きだった。
弱虫な私。
電話なんてしたら迷惑だろう。
そもそも、そういう風に連絡取られたくないから携帯番号だって出張先だって、いつ海外へ飛ぶのかも、いつ帰って来るのかも、教えてもらえないんだろう。
彼女でもないんだから。
そう、言い訳して。
弱虫な私は逃げ道を探す。
だけど。
ちゃんと言わなきゃ、って。
次会ったら言わなきゃって、そう思って、二ヶ月前に中国へ行ったままの榎本さんを想っていた私の耳に、彼が帰って来たという情報が飛び込んで来た。
……情報は本物だった。
だって。
今、目の前に彼が居るのだから。