短編小説2

□あなたにメリークリスマス
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クリスマスは苦手だ。

テレビの中のイルミネーション。
テレビの中のプレゼント。
テレビの中の豪勢な食事。

テレビの中の、楽しそうな声。

それが、いつも通りに独りきりで食事を摂る、酷く殺風景な部屋のなか。

嫌に響く。

響く、響く。

……クリスマスは苦手だ。

普段以上に自分をミジメにさせるから。

だから。

クリスマスは、苦手だった。























『あなたにメリークリスマス』























「メリークリスマス!」

12月24日。
私が通う、とある全寮制女学院の談話室に響くたくさんの声は、ここ数日で聞き飽きた“それ”のみだった。

「メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」

なにがメリークリスマスか。

甲高い声でピーピーピーピー騒ぎおって。

この年頃の女特有の、キンキンと耳に響くような甲高い声が頭に響く。
ちり、とこめかみに走った痛みに腹を燃やすような苛立ちが増した。

「メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」

なにがそんなに楽しい。
なにがそんなに嬉しい。

たかがキリストの降誕際だろう?

なにをそこまで喜ぶ必要がある?

……これだからクリスマスは苦手なんだ。

テレビの中は、今現在も目の前で広がっている光景のように煌びやかで、みんなが笑っていて。
自分の置かれていた状況とのギャップにとてもじゃないが付いて行けない。

「……ふん、」

普通の家庭はこれ程にクリスマスを盛大に祝うものなのか?
娯楽に飢えたこの女学院が過剰に祝っているだけなのか?

それとも。

私が、おかしかったのか?

クリスマスだからと祝ったことなど無い。
クリスマスだからと、母や家族が私に会いに来たことだって。

一度だって無かったな、そんなこと。

「……道行?大丈夫?」

名前を呼ばれて振り返れば、中等部入学の4月からずっと同室でクラスメートである、相原馨が立っていた。

唯一、私が男であることを知っている……それでも私を見放さない、酔狂なその女が。

「毎年のことながら湿っぽいね」
「…………煩い雌豚」
「ほらやっぱり覇気が無い」

そう言って、なんの許可も無しに私の隣に座るその女を、私はそれなりに気に入っている。

からかうと退屈しないしな。

……ただ、今日はからかう気分になれない。
この女が……馨が言うように、毎年のことだ。

こうなれば認めるしかないだろう。

私はクリスマスが苦手なんだ、とな。

「ご飯ちゃんと食べた?」
「……貴様らが騒ぎ立てている隣では食う気も起こらんわ」
「いまいち切れ味無いよね」
「黙れドブネズミ」

普段ならばすぐにその無駄にデカい目に涙を浮かべるはずの馨は、今日は酷く生意気だ。
これも毎年のことか。

それでも。

先程からずっと脳を焦がしていた苛立ちや頭痛が、嘘のように引いている。

……馨は、本当に不思議だ。

「……明日、覚えているが良い。脱水症状を起こすほどに泣かしてやろう」
「うわ、それはリアルに怖い」

そう言って小さく笑う姿は、とてもじゃないが怯えているようには見えない。

苛立たしい。

だが、先程まで感じていたそれとは違う。

「相変わらず慣れないわよねー、クリスマス会」
「悪いが、私は馬鹿の馬鹿騒ぎに付き合えるほど馬鹿ではないんでな」
「せっかくのストレス発散のチャンスなのにねぇ…………あぁ、あんたにストレス無いわよね」
「これほど気遣い屋の私になにを言うか」
「珍しい路線で来たね」

そう言って、笑う横顔。

確かに笑顔だ。

笑顔だが……違う。
さっきまでクラスメートの蓮見や山本、椿達と騒ぎ立てていた時のようなあの笑顔とは、違う。

馨がたまにする、馬鹿みたいに明るい笑顔。

それが私に向けられたことはない。

私には馨が喜ぶことが分からない。
私には、どうすれば馨があの笑顔を浮かべるのかが分からない。

それでも良いのだと思っている。

だが……今日はクリスマスだ。

馨はクリスマスを“ストレス発散のチャンス”だと言った。
皆はクリスマスだメリークリスマスだと楽しそうに笑う。

クリスマスは笑うための日なのだろうか。

そうなのだとしたら。

私には、馨を笑わせることが出来ない。

……ならば。

「……おい、雌豚」
「なによ」
「目障りだ。消えろ」
「……急にどうしたの?」

ならば、馨は私と居るべきではない。
もっと楽しめる、もっと笑って過ごせるはずの奴らと居るべきだろう。

クリスマスを正しく遂行出来ない私なんかよりは、な。

「消えろ」
「……それはあんまりなんじゃないの?」
「聞こえないのか。消えろと言ったんだ、私は」
「機嫌悪いんだかなんだか知らないけど、……八つ当たりしないでよ。せっかくのクリスマスなのに……」


 
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