短編小説2

□うつるんです
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頼むから、これ以上。

わたしのなかに入ってこないで。























『うつるんです』























エセヒーローとの戦いから、一週間。

あの日のわたしは完璧なはずだった。
密かに計画を立て、喉風邪をひかせるための菌を作り、それをあいつの守るあの街に流出させる。

全てはうまく行くはずだった。

街の人間は喉風邪をこじらせ、それを見て絶望するあいつを見る。
そして高笑い出来るはずだったんだ、わたしは。

そう。

あのエセヒーローが登場するまでは、な。

賭博に投じ、わたしの妙な噂をバラまいて自分を正当化させるその“みんなのヒーロー”。

わたしのライバルであり、街の平和を守っているようで実は街をあまり好いていないそいつは、わたしが苦労して作った風邪菌入りの試験管を奪いとり、更にはなすすべの無くなったわたしにナイフを突き付けやがった。

その後はまぁ……こう、色々あったわけだが、時間の短縮とわたしの自尊心のために割愛させていただこう。

最終的に。

わたしは、唯一取り上げられていなかった風邪菌入り試験管を割るハメになった。
半径10m以内に居る人間が、確実に発熱するその風邪菌入り試験管を。

わたしとそいつしか居ない、その場所で。

本当は街中に小型タイマー爆弾付きの試験管を設置し、十分に離れた頃にそれを爆発させる予定だったんだ。

だがまぁ仕方がないだろう。

相打ちは覚悟の上さ。

それに。

あいつをわたしの作った風邪菌で苦しめられるのなら、多少の発熱・嘔吐・咳くらい、いくらでも我慢してやる。

「ッ……た、たとえ一週間その風邪が長引こうが後悔なんてしてないぞ……ッ、ごほ、ゴホッ……ッ、」

……あのエセヒーローとの戦いから、一週間。

わたしは自分の作った風邪菌から病魔に取り付かれ、今だに体調を崩したままであった。

「っ、ふん……、やはりわたしの技術に狂いはないなっ……ゴホ、ほ、……はぁ、っ、この分ならあいつもッ、ゴホッ!ぃ、今頃ゴホゴホ言ってるはずだぅえっホゴホゴホゴホ……ッ!」
「イタイタしいから強がんのやめろよ」

そう言って、ベッドで横たわったままのわたしの氷枕を変えてくれているのは、わたしと同じ国から派遣された悪の工作員。

もっぱら文句を言うのが仕事なこの男のせいで、あのエセヒーローと戦うハメになったことも多々ある。
基本的に『あれ欲しい』だの『あれ食べたい』だの言っては『街から取ってこい』とわたしをあのエセヒーローにけしかけさせるからな。

おかしいな、わたしの方が立場は上のはずなんだが……。

まぁ、そんなことは良い。

あのエセヒーローとの戦いから約一週間、ずっと病の床にふせったままのわたしを、珍しくもこのワガママ男はかいがいしく看病してくれているのだから。

この風邪が治ったら、きっとひと月は雪が止まないのではないかと今から不安だ。

「うぇっふぅ!っ、ごほぁッ!」
「おい……ほんとにお前大丈夫か、今にも吐血しそうだぞ」
「ゴホ……っ、ごほっ、吐血させるような菌はっ、入れてない……っ、」

そうだ、そもそも。

「このっ、菌は……っ、三日もすれば白血球によって消されるはず……っ、ごほっ!三日で治るはずだったんだ……!」

そう、わたしはそこまで凶悪な風邪菌を作ったわけではなかったはずだ。
熱や咳が続くのも、せいぜい三日が限度のはずだったのに。

わたしの風邪は一週間経っても尚、その勢力を弱める兆しさえ無い。

「おかしいっ、げほっ……ッ、は、けほっ、どこで、間違えたんだ……ッ?」
「…………えーと、」
「保存方法か……いや、室温っ、ゲホゲホッ……ゲホッ、」
「あのー……さー……、」
「湿度、っ、いや……最後の確認ではッ、げほ、何も問題は……ゲホッ、」
「あのさぁッ!」

ああでも無いこうでも無いと思想を巡らせるわたしに、それまで珍しく黙っていた目の前の男は、妙な笑顔を浮かべたまま声を掛けてくる。

……なんだ、その顔。

まるで悪さがバレた幼子のように視線をさ迷わせる、その男。

ぶっちゃけ気持ち悪い。

「……なんだよ、どうしっ、げほッ……どうか、したのか……?」
「いやー……どうかしたっつーか……してしまったつーか……、」
「…………なんだ?」

普段ならばハキハキと、少し不快さほど感じる程に偉そうなそいつの、歯切れの悪い言葉。
それを不思議に思って顔を覗き込めば、微妙な笑顔が返って来た。

……だから、なんだよ?

「いやー、あのー、そのー、実験室に入った時にですねー」
「…………実験室?」

実験室って、わたしが風邪菌を作っていた実験室か?

「あー……ハイ、そうです」

その実験室がどうしたんだ?


 
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