短編小説2

□うつるんです
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「えーとですねー……そのー、試験管とかをですねー……」
「試験管ゴホォッ、……っ、とかを?」
「…………壊しちゃいまして」
「壊しちゃい…………、」

壊しちゃい、まして?


「壊しちゃいました。ゴメン☆」


遠くなる意識の中。
目の前の男の言葉にエコーが掛かる。

壊しちゃいましたー、たー、たー……。

「…………ゴホェッフォッ!?」

壊したあぁあぁぁッ!?
壊したって……ッ、はあぁぁあぁァ!?

「いつだ!」
「あと三日程経ったら完成だってお前がツイッターに書き込んでた時くらい」
「でも完成した時はなんにも壊れてなかったぞ!?」

試験管も何もかも無事だった!
つかツイッターしてない!

「だから、三日で俺が作り直した」
「…………嘘をつけ、わたしがあんなに苦労して作ったものをまさか三日で……、」
「やれば出来る子でゴメン」

…………そんな情けは要らんわッ!

「しかもお前が作ってたやつより強力になっちゃってゴメン」
「……やめろ、泣きたくなる」
「冬ソナ見ながら左手で作ったけど出来ちゃってゴメン」
「…………う、うわあぁあぁぁん!もうお前がやれば良いだろ今度からぁあぁぁ!」
「やだよ。めんどいもん」

そう言うと思った!

「……そうか、なら理由は分かったっ、解決策をェッ、フ、げほォウ゛ェッ!」
「……あんまり興奮するなよ」

誰のせいだと思ってんだ!
そう訴えようにも、咳が止まらない上に喉が痛くてもう叫べそうにない。

本当に凶悪な生物兵器作りやがって。

わたしでもこんなに苦しいのだから、きっと今頃あいつは……。

ふと浮かんだ、憎い笑顔。
いつもわたしを陥れては、ニタニタと高慢ちきな笑みを浮かべるそいつ。

普段は強気なあのエセヒーローもわたしと同じように……いや、菌に慣れていないあいつはわたしより苦しい思いをして、今頃顔を苦痛に歪めているのだろうか……。

……それが嬉しい、はずなのに。

それを望んだはずなのに。
そのために風邪菌を作ったはずなのに。

わたしは。

「……っ、おい、まだ熱あんだろ?ちゃんと寝てろよ」

気づけば、わたしは。
朦朧とした意識のなか、重い体を無理に起こし、ベッドから這い出ていた。

「メシなら持って来てやるから寝てろって!」

そう言って、普段は掃除の一つもしないわたしの部下は慌ててわたしをベッドに引き戻そうとする。

……それほど酷いか、今のわたしは?

まぁそうかもしれんな。
頭は割れそうに痛むし、今にも嘔吐しそうなほど気持ち悪いし、体は熱いし、節々は痛むし。

下手に今動いたらマジで死ぬかもな。

……わたしがこれくらい酷いんだから、あいつはもう死んでるかもしれない。

「そんな体で何しようってんだよ!」
「……薬、作んないと、」
「そんなもん俺がやってやる!」
「無理だろ、……ごほっ、っ、お前、菌は作れても、ゴホッ!薬、作れないんだか、ら……、」

ほんと、お前こそ本物の悪者かもな。

さて、実験室に行かなくては。
そうは思うものの、一週間の間熱に侵されている体はロクに言うことをきかない。

ふらりと床に座り込みそうになったわたしの腕を、後ろから掴む手の平。
ひんやりと冷たく感じるそれに振り返れば、わたしの部下で、わたしよりも悪役らしいそいつが不機嫌そうにわたしを見下ろしていた。

「悪いな、助かった」
「…………あいつのため、か?」
「……なにがだ?」

薬、あいつのために作るのか?

そう言って不機嫌そうに視線をそらす、そいつ。

……ふん、馬鹿なことを。

「そんなわけないだろう?」
「じゃあ無理して今作ることねぇよ。お前は菌に慣れてるから死ぬことはねぇし。……まぁ、あいつはもうくたばってるかもしんねぇけどな」
「…………いや、作る」
「なんで。矛盾してるだろ」
「してないさ。わたしが堪えられそうにないから作るんだ。頭が痛くてかなわん」

そうだ、あいつのためなんかじゃない。

あいつを倒すのがわたしの使命。
わたしの本能。

……そうだな、あいつのため、と言うならば。

「こんな風邪菌なんかでくたばってもらうわけにはいかないからな」

これがわたしの作った菌ならまだしも、部下の作ったもので死なれては困る。
今まで散々な目に合わされて来たというのに、その礼くらいはしたいだろう?

だから。

「薬を作って、また再戦だ」

そう、約束したからな。

一週間前に。

約束、したから。

「こんなもので死なれてたまるか」

だから、薬を作るんだ。

……なぁ、そうなんだろう?
そうだと言ってくれよ?

なぁ、わたし?

「…………まぁ、なんでも良いけどな」
「どうせやるならボッコボコにしてやるんだ……今までの仕返し、47発分」
「……執念深ぇな」

まぁな、わたしの恨みは深いぞ。


 
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