短編小説2
□僕の彼女を紹介します
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僕の彼女を紹介します。
彼女はリスのような人です。
ええ、齧歯目リス科のあのリスですよ。
外見はそうでもないのですが、似ているのはその習性。
木の実や種子を集めては、それを隠し埋めた場所を忘れてしまう……というその習性を、彼女は持っているのです。
『僕の彼女を紹介します』
「あれ……、」
風呂から上がり、脱衣所を出ると、着替えの一番上に置いておいたはずのマイ眼鏡が無くなっていた。
「……またですか」
今もダイニングでテレビを見ているであろう俺の彼女には、面白い習性がある。
それが、これ。
なにか気に食わないことや、俺がなにかマズいことをしでかすと、俺にとって無いと困るものを隠してしまう。
隠すものはその時その時で違い、パスポートだったり定期だったり。
まぁ一番多いのは今回みたく眼鏡なわけですが。
「…………はぁ、」
思わず溜め息が零れた。
何を隠そう、俺の視力は両目共に0.01、下手したらそれ以下で、眼鏡がなけりゃあ何も見えないし何も出来ない。
それを分かってて持って行く辺り、今回はいつもに増してご立腹とみえる。
……なにしたんだ、俺。
ぐるりと本日2月14日の出来事を思い返しても、心当たりはナシ。
じゃあ昨日か?一昨日?更にその前?
三日前の記憶を辿ろうとしたところで頭からケムリが出た。
こうなりゃ無理だ。
聞くしかない。
どうでも良いことだが、ここまで思い悩んでいた間の俺は全裸である。
端から見ればえらいマヌケな姿なんだろうが、んなこと気にしてられっか。
あいつは拗ねると長いんだ。
俺は素早く下着と寝間着を身につけ……いや、素早くともいかない。
忘れたか、今の俺の視界はAVもびっくりのモザイク状態である。
今週の寝間着がスウェットで助かった。
前開きのパジャマなんざ着せられたら間違いなくボタンを掛け間違えただろうからな。
まぁなんとか寝間着を身につけた俺は、壁に手を付きながら脱衣所を出て、小さく深呼吸してからダイニングへ繋がるドアを開けた。
あたたかな光と空気に包まれるリビング&ダイニングには、予想通り、テレビを見つめる小さな背中。
……行け!さっさと謝れ、俺!
「…………あのー、」
「なに。煩い。今、私がテレビ観てるの、わからない?」
返って来たのは冷たい声。
……めちゃくちゃ怒っていらっしゃる。
「あの、ですね、」
「なに。」
「俺の眼鏡、知りません?」
「自分の胸に聞けば?」
だから、それが分からないんだって。
彼女はこちらを見向きもせず、テレビを見つめたまま冷たい声を出す。
今の俺の視界じゃ彼女の表情どころか、彼女がなんのテレビに夢中かすら分からない。
ただ、耳からの情報を頼るとするならば、彼女は相当ご立腹で、更に言うならばいつもならチャンネルを回しても素通りするはずの番組を付けているということ。
……ほんと、なにやったの、俺。