短編小説2

□僕の彼女を紹介します
2ページ/3ページ


「ごめん、なにした、俺?」
「分からないなら良い」
「でもこのままだと困るだろ?」
「私は困んない」
「俺は困るよ」
「じゃあ出てくよ。ばいばい」

そう言って立ち上がった彼女の腕を慌てて掴もうとしたら、思ってた場所に彼女の腕が無かった。

くそ!距離感が分かんねぇ!

「ちょっ、待って!ほんとに!」
「じゃあ本気で止めなさいよっ!」
「違うんだって!全然距離感掴めねぇの!ほんともう眼鏡取って来て良い!?」
「そしたら別れる!」
「ごめん!」

俺の格好悪い説得により思い止まったらしい彼女は、再びこの部屋の床へと座り込んだ。
ただし、俺に背を向けて。

「……こっち向けよ」
「向いたってカオ見えないでしょ」
「すっごい近付いたら見えるよ」
「そう言って前にちゅーしたでしょ。今度やったら殺すからね近寄らないでこのドスケベ」

……ほんとに怒ってんな。

俺は彼女に気付かれないように小さく溜め息を吐いて、頬をかいた。

正直、眼鏡の在り処は分かってるんです。

台所の流しの下か、土鍋の置いてある棚の奥。
もしくは鰹節パックの入れてある缶の中。

本人は無意識かもしれないけれど、眼鏡を隠す時は大抵その場所だ。

分かってるのなら勝手に探し出して来ても良いわけだが、それじゃあ本気で出て行かれかねない。

「……ほんと、ごめん」
「…………」
「なに怒ってるか全然分かんないの。でもこのままは困るし、出て行かれるのも困る。……俺、どうしたら良い?」
「…………」

どんなに話し掛けても、彼女は無言。

では、なかった。

「……バレンタイン」

ぽそりと零れ落ちた、小さな声。
普通なら聞き逃してしまいそうなそれだが、視覚を失っている今の俺の聴覚は、目ざとく拾いあげた。

バレンタイン?

あぁ、そういや今日バレンタインだったな。

「バレンタインがどうした?」
「……いっぱい、貰うんですね。知りませんでした。」
「………………ぁー、」

なるほど。

ぼやけた視界の中、彼女の座り込んだ横のテーブルの上にはなにか紙袋らしきモノが乗っかっているもよう。

……なるほど。

「探したわけじゃないよ。植木倒しちゃって、土が散らばっちゃったから掃除機掛けようとして……そしたら、」

見つけちゃったわけですね。

確かに今年は掃除機を入れてる簡易クローゼットに隠したな、夕方に。
更に言うなら、同棲始めて初めてのバレンタインだったから、ここまで集結したやつを見られるのは初めてだっだな。

……でも、さ。

「職場で貰ったんだからさ、義理に決まってんじゃん」
「義理でゴディバは買わない。イタリアのは買わない。ラクダのやつなんて絶対買わない。」
「……そうなん?」
「そうなの。最低。バカ。乙女心も分からないの。ノーデリカシー死んじゃえ。」
「……じゃあ、ちゃんと乙女心を汲んで返事すれば良いの?」
「…………」

ぁ、駄目だ泣かした。

ぼやけた視界じゃ当然彼女の顔なんて見えないし、肩が震えるのなんてもっと見えるわけない。
だからと言って泣き声が聞こえたわけじゃないが、わかる。

泣かしちまった。

「……ごめん、泣くなよ」
「泣いてないよ」
「泣いてるだろ……ほら、こっち向けって、」
「触わんないで」
「…………じゃあさ、どうしたら許してくれる?貰ったチョコレート、全部捨てたら良い?」
「そんな最低な男は地獄に堕ちろ」
「……じゃあ明日返してくるよ」
「一回受け取ったくせに最低。死んじゃえバカ」

じゃあどうしろっての。

そんなことを思ったけれど、その言葉は飲み込んだ。

分かってる。

彼女はまた、忘れてしまったんだ。

リスに似た彼女は、なにかを隠してはその隠し場所を忘れてしまう。
もしかしたら俺の眼鏡の隠し場所も忘れたかもしれないし、CDの時は結局出て来なかった。

そう、彼女は忘れてしまうのだ。

そしてそれは、自分の感情も例外では無い。

きっと最初はなにか許す方法を用意していたんだろう。
今度どこかに連れて行けとか、今度なにか奢れとか。

でも、それも隠して忘れてしまったんだろうな。

で、自分がなにを怒って、悲しんでるのか分からなくなっちまう……ってのが、毎回の流れだから。

彼氏歴5年、同棲歴1年の俺をナメるなよ。


 
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ