短編小説2
□僕の彼女を紹介します
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「ごめん、なにした、俺?」
「分からないなら良い」
「でもこのままだと困るだろ?」
「私は困んない」
「俺は困るよ」
「じゃあ出てくよ。ばいばい」
そう言って立ち上がった彼女の腕を慌てて掴もうとしたら、思ってた場所に彼女の腕が無かった。
くそ!距離感が分かんねぇ!
「ちょっ、待って!ほんとに!」
「じゃあ本気で止めなさいよっ!」
「違うんだって!全然距離感掴めねぇの!ほんともう眼鏡取って来て良い!?」
「そしたら別れる!」
「ごめん!」
俺の格好悪い説得により思い止まったらしい彼女は、再びこの部屋の床へと座り込んだ。
ただし、俺に背を向けて。
「……こっち向けよ」
「向いたってカオ見えないでしょ」
「すっごい近付いたら見えるよ」
「そう言って前にちゅーしたでしょ。今度やったら殺すからね近寄らないでこのドスケベ」
……ほんとに怒ってんな。
俺は彼女に気付かれないように小さく溜め息を吐いて、頬をかいた。
正直、眼鏡の在り処は分かってるんです。
台所の流しの下か、土鍋の置いてある棚の奥。
もしくは鰹節パックの入れてある缶の中。
本人は無意識かもしれないけれど、眼鏡を隠す時は大抵その場所だ。
分かってるのなら勝手に探し出して来ても良いわけだが、それじゃあ本気で出て行かれかねない。
「……ほんと、ごめん」
「…………」
「なに怒ってるか全然分かんないの。でもこのままは困るし、出て行かれるのも困る。……俺、どうしたら良い?」
「…………」
どんなに話し掛けても、彼女は無言。
では、なかった。
「……バレンタイン」
ぽそりと零れ落ちた、小さな声。
普通なら聞き逃してしまいそうなそれだが、視覚を失っている今の俺の聴覚は、目ざとく拾いあげた。
バレンタイン?
あぁ、そういや今日バレンタインだったな。
「バレンタインがどうした?」
「……いっぱい、貰うんですね。知りませんでした。」
「………………ぁー、」
なるほど。
ぼやけた視界の中、彼女の座り込んだ横のテーブルの上にはなにか紙袋らしきモノが乗っかっているもよう。
……なるほど。
「探したわけじゃないよ。植木倒しちゃって、土が散らばっちゃったから掃除機掛けようとして……そしたら、」
見つけちゃったわけですね。
確かに今年は掃除機を入れてる簡易クローゼットに隠したな、夕方に。
更に言うなら、同棲始めて初めてのバレンタインだったから、ここまで集結したやつを見られるのは初めてだっだな。
……でも、さ。
「職場で貰ったんだからさ、義理に決まってんじゃん」
「義理でゴディバは買わない。イタリアのは買わない。ラクダのやつなんて絶対買わない。」
「……そうなん?」
「そうなの。最低。バカ。乙女心も分からないの。ノーデリカシー死んじゃえ。」
「……じゃあ、ちゃんと乙女心を汲んで返事すれば良いの?」
「…………」
ぁ、駄目だ泣かした。
ぼやけた視界じゃ当然彼女の顔なんて見えないし、肩が震えるのなんてもっと見えるわけない。
だからと言って泣き声が聞こえたわけじゃないが、わかる。
泣かしちまった。
「……ごめん、泣くなよ」
「泣いてないよ」
「泣いてるだろ……ほら、こっち向けって、」
「触わんないで」
「…………じゃあさ、どうしたら許してくれる?貰ったチョコレート、全部捨てたら良い?」
「そんな最低な男は地獄に堕ちろ」
「……じゃあ明日返してくるよ」
「一回受け取ったくせに最低。死んじゃえバカ」
じゃあどうしろっての。
そんなことを思ったけれど、その言葉は飲み込んだ。
分かってる。
彼女はまた、忘れてしまったんだ。
リスに似た彼女は、なにかを隠してはその隠し場所を忘れてしまう。
もしかしたら俺の眼鏡の隠し場所も忘れたかもしれないし、CDの時は結局出て来なかった。
そう、彼女は忘れてしまうのだ。
そしてそれは、自分の感情も例外では無い。
きっと最初はなにか許す方法を用意していたんだろう。
今度どこかに連れて行けとか、今度なにか奢れとか。
でも、それも隠して忘れてしまったんだろうな。
で、自分がなにを怒って、悲しんでるのか分からなくなっちまう……ってのが、毎回の流れだから。
彼氏歴5年、同棲歴1年の俺をナメるなよ。