短編小説2
□PRECISION INSTRUMENT
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「………………あ。」
日曜日の午後。
あんまりにもオベンキョウの苦手な私をどうにかするべく、両親によってブチ込まれたその大きな建物。
その2階の女子トイレ、奥から2バンメの個室で私は小さな声を上げた。
「……あぁ、そっか」
今日は18日だものね。
28日周期だから、今日だよね。
「あー、あー、あー……」
ぼんやりと見下ろしたナマッチロイ太股、膝こぞう、その下でくしゃりと引っ掛かっているパンツにはベットリとアカ。
アカ、赤、あか。
……生理なんて、なんであるんだろうね。
そりゃあアンタがメスだからだよなんて思った奴はいっぱい勉強して公務員にでもなんな。
退屈な職務と安定した収入が待ってるぜ、頭のおカタいあんたにゃピッタリだ。
「おなかいたい」
生理なんか嫌いだ。
お腹は痛いし生理用品はがさがさするし、毎日毎日イライラするし。
かと思えば泣けてくる。
あぁ、どーりで講師とママンの言葉が今日はキツく感じたわけね。
『しっかりしなさい』
『こんなことも出来ないの』
『そんなことで将来どうするつもりなの』
『もう子供じゃないんだから』
……生理なんて嫌いだね。
無理やり大人になる準備をさせられてる気がするじゃないか。
まだ自分のことすらなぁんにも出来ない私に生理なんてあったって、ガキなんざ育てられないわよ、神サンよぉ。
溜め息を吐いて俯けば、嫌でも目に入る腕時計。
やっべ、トイレに15分も篭ってたらアッチの方だと思われちゃうわん。
……くっだらねえ。
「はぁ。」
溜め息をもうひとつ。
私は、小学5年生からの付き合いであるそのアカにトイレットペーパーを被せてから下着を引き上げた。
あっは、がさがさする。
もっかい来なきゃね。
ジャアァァァ。
特に何かを排出したわけではないけれど、気分的にトイレのノブを押しておいた。
水をこんなに無駄に出来るなんてサイコーね、日本は。
トイレを出て、スリッパをぱたぱたいわせながら考える。
もし、ここが日本じゃなくてどこか発展途上のお国なら。
きっと私はこうやってオベンキョウばかりするための建物にブチ込まれることもなく、毎日毎日10キロ先の井戸へと水を汲みに行く日々を送っていたのでしょうね。
きっと栄養不足のせいで、股間を濡らすアカももっと遅くに来て、顔も知らない隣村の誰かの子供をたくさん産んだんでしょうね。
…………どっちもどっちだわ。
そんなくだらない妄想に浸りながら廊下を進み、15分振りに舞い戻ったオベンキョウするための部屋。
ドアを開ければ、私を見下すオベンキョウ専門家。
「20分もなにやってたの」
「トイレ」
「その20分を他の人間は勉強に使うの。人より勉強出来ないあなたがサボってる暇あると思う?」
じゃあこの説教タイムをそのオベンキョウに使いましょうよ。
紡ぐ気も無かった言葉は私のお腹へと落ちて行く。
いや、子宮だ。
ずん、と重くなった下腹が悲鳴を上げた。
「ほら、さっさと座りなさい」
「生理になってた」
「……ナプキン持ってたの?」
「せんせー、シツモンがあるのですがヨロシイでしょーか」
毎日私を見下すその人は、いつも以上に顔を歪めて私を見下す。
せっかくの美人もそれじゃあダイナシね。
「…………なによ」
「セイジンの年齢を遅くしようっていう意見がデテルそうじゃナイですか」
「……まぁ今時の20歳はしっかりしなさすぎてるからね。自分の面倒も見れない人間が国のことを考えられるはずが、」
「じゃあセイリもセイツウも遅らせるベキですよね」
「…………なに言ってるの?」
だって。
「テメェの面倒もみれない人間がコドモを育てられるハズないじゃないですか。だったら要りませんよね、生理とか」
早い子じゃ10才で初潮をむかえるし。
オトコノコのことはイマイチよく分からないけど、教科書には14才でセイツウをむかえるって書いてあった。
そんなコドモにコドモを作る準備をさせるなんて、バカげてる。
「セイジンを遅らせるのなら、セイリも遅らせるベキですよ」
「……くだらないこと言ってないで、さっさと座りなさい。他の子達はもっと先に進んでるの。あなただけ遅れたままじゃ、」
「でもせんせー、」
「馬鹿なこと言ってる暇があるなら問題の一つでも解きなさいッ!」
バン!
ベンキョウするための白い机を叩いた、せんせーの白い手。
ころころとシャープペンシルが転がって、床に落ちた。
「……やだ、ごめんなさい、わたし、」
「いーえ、」
「でもね、人間は機械じゃないんだから生理を遅らせられるわけないでしょう」
分かったら、トイレでナプキン付けてきなさい。
すぐに帰って来なさいね、みんなに追い付かなきゃいけないんだから。
先生はそう言って溜め息を吐く。
はい、わかりました先生。
ただヒトコト言わせてください。
あなたがおっしゃる通り、人間は機械ではないようなのです。
5年生の時からずっと、月に一度股間を濡らすのはオイルではなく真っ赤な血潮ですし、そのたんびに私はイライラするのです。
そしてどうやら、20サイになればセイジンするようなのです。
セイジンするためにはリッパな人間にならなければいけないと母が言うので、リッパな人間になるために、みんな以上にオベンキョウの苦手な私ですが、イイ大学に行かなければいけないらしいのです。
みんなと同じように、ちゃんとオベンキョウ出来るようにならなければいけないようなのです。
ねぇ、せんせい。
おかあさん。
私は、機械ではありません。
END.