短編小説2

□IMITATION BLACK
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なにもかもに違和感があった。

自分がギターを弾いていることにも。
自分のレベルに見合わないバンドに入っていることにも。

全てにイライラしていた。

そんな時だった。

あの女に声を掛けられたのは。






















『IMITATION BLACK』






















「もう私、ヒロキに着いてけない」

近所のファミレス。
深夜にも関わらずそれなりに客の入ったその店で、俺は2ヶ月程前から付き合っていた女に呼び出されていた。

「どういう意味」
「全然連絡くれないし、呼び出されたと思ったらエッチして終わりで、それに、あんな……」
「なに」
「いつか、殺されそうで、……怖いよ。もう、あんなの、イヤ、」

そう言って、目の前の女はくしゃりとその化粧の濃い顔を歪める。

「苦しいし、怖い……」
「あぁ、そう」

“アレ”のことね。

だけどさ、俺、言ったよね?

「俺、ちゃんと言ったよね“ソウ”だって。付き合う前に、言ったよね?」
「でも、だって……っ、」

顔をくしゃくしゃに歪めていた女は、ついに顔を覆って泣き出す。

……あぁ、うっとうしい。

そんなことでこんな時間に呼び出すなよな、うっぜえ。

「で、話あんだろ」
「……ひっ、く、っ、く、」
「泣いてねぇでさっさと話せよ」

イライラ、イライラ。

全てに違和感。
全てに苛立ち。

なんで俺はこんななのか。

自分でも解らない。

「だ、だから……っ、」
「だから?」
「わかれて、ほしいっ……」
「ああ、いーよ、べつに」
「…………ぇ?」

なに、お前から別れたいつったんじゃん?

なんでお前がそんな傷付いた顔すんの?

意味分かんねぇ。
ばっかみてぇ。

「良いよ、べつに」
「ヒロキ……」
「元々、俺から付き合おうっつったわけじゃねぇじゃん。お前が、俺が“ソウ”でも良いつったから付き合ったんじゃん」

てかさ。

「こんな下らないことで呼び出さないでくれる?」

女は店から出て行った。
泣きながら。

なんだよ、それ。

俺が悪いみたいじゃん。

向こうから付き合ってくれっつーから付き合って、向こうがイヤになったっつーから別れてやっただけなのに、なんで俺が泣かれなきゃいけないわけ?

意味が分からん。

なんだ、この違和感。

イライラする。

ここはファミレスで、俺は高校生だがポケットからタバコを取り出す。
こんな真夜中だ、知り合いなんざ会うわけ無いしな。

そう思って、タバコに火を付けようとしたその時だった。

「あなた、篠原弘樹くん?」

篠原弘樹。
何を隠そう、俺のフルネームである。

くわえたタバコを隠す気は無い。

ゆっくりと顔を上げれば、そこには見覚えのあるよーな無いよーな顔をした女が一人。
つまりは普通顔ってことだ。

「インシパルのヒロキ君だよね?」
「あー……はい、まぁ」

インシパル、というのは俺が入っているバンドの名前。
名前の由来は知らない。

興味が無いから。

あんなレベルの低いバンドに、興味なんて沸くわけが無い。

「あたし、真鍋悠希っていうんだけど」
「はぁ」
「同じ学校の、軽音部。テイクツーって名前でバンドやってんだけど、知らないかな」
「はぁ、知らないです」
「あのさ、突然なんだけどさ、」

あたしと付き合ってくんない?

「……なんで?」
「さっき出てったのカノジョでしょ?別れたのかなーと思って」
「まぁ、別れましたね」
「じゃあ調度良いじゃん」

目の前の女……真鍋悠希、とか言ったか?
そいつはどうやら、普通顔の見た目と反して中身はブッ飛んでるらしい。

普通そういうこと言うか?

別れたとか、そんな風に見えた人間にすぐ付き合おうとか。

なんかキメてんのか、こいつ。

まぁ、なんでも良いけど。

「でも他にも居るよ、付き合ってる奴」
「天才ギタリストっぽいっちゃあぽいからそこは認める」
「それから俺、ヤる時首絞めるけど良い?」
「…………首?」

そう。

「首絞めんの」

そう、きょとんとしたまま俺を見つめる真鍋悠希に笑いかけてやりながら、俺は火を付けないままのタバコで自らの首をなぞる。

「さっきの女はそれがイヤだっつって別れたの」
「どうして首絞めるの?」
「どうして、って……」

気持ち良いからに決まってんじゃん。


 
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