短編小説2

□エルフ始めました
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「どこへ行くんです?」

さっさとこの敵族を牢に繋いで貰わねばと、テーブルクロスをめくって出て行こうとしたその時、くんっと引っ張られる服の裾。

振り返れば、膝を抱えたままのエルフが不安気に私を見つめていた。

「衛兵に貴様を引き渡す」
「……私、捕まるんですか?」
「数百年前ならその場で殺されただろうさ。運が良かったな」

それにな、エルフ君よ。

「数十年前、貴様ら一族に我等が一族の一部が捕らえられたこと、我々は忘れてはおらんぞ」
「深森の?あれはあなた方が城に強奪に入ったからでしょう?」
「ならば貴様も条件は同じだ。大人しく地下牢へ下りろ」
「冤罪ですよ。故意は無いもの」
「冤罪?どういうことだ?」
「ええと、つまりですねー……、」

そう言って、エルフは自らの経緯を語り出した。

自分は深森のエルフで、ルシウスという名前であること。
一人旅の途中であること。

そして。

「まぁつまりは地盤が緩い場所を踏んで落ちてしまったわけですよ」
「……どこから?」
「風の泉を越えた辺りですかね?」
「……なぜ、無事なんだ」

地上からこの地下宮殿まで落ちて無事だと?

我々ドワーフが自ら鍛えた鎧や鎖帷子を身につけていたとしても、ここまで落ちれば命はないだろう。

エルフの身体能力は神からの授かり物だ。

「無事じゃないですよ、足をやってしまいましたらから」

ほら、とルシウスは手で覆っていた足首を晒す。

そこはべったりと血で濡れていた。

「……足を庇ってたのか」
「でなければ、こんな場所でこんな格好してませんよ。道は分からないし、見張り番には見つかってしまうしで散々です」
「…………血は止まっているのか?」
「それがちっとも駄目なんですよ。アセラスの葉は効かなくて」
「あらかた落ちて来る時にミスリルか何かの原石で傷が付いたんだろう。この地では貴様らの薬など役に立たん」

見せてみろ。
そう言えば、目の前のエルフはなんとも素直に傷口を晒す。

これだからエルフは腑抜けだと言うのだ。

敵に傷を晒すとは。

「なんとも無用心だな」

一度テーブルの下から這い出て、薬の壺を持って戻る。
私の言葉にルシウスは首を傾げた。

「無用心?どういう意味です?」

サラリとその金色が揺れる。
太陽を浴びた花の香りがした。

「これが毒だと思わないのか」

見るに耐えない傷口を埋めるように薬を塗り込めば、エルフはその整った眉をわずかに寄せる。

「確かに毒のように痛いですね」
「毒だ。それも猛毒。」
「え、本当ですか」
「冗談だ。笑え」
「ドワーフジョークはエルフにはまだ早過ぎたみたいです」

全然面白くない、と、そう言いながらも笑うエルフを伺いながら、私は手早く足首に包帯を巻いて行く。

不思議な感じだ。

噂に聞いていたエルフはもっと傲慢で、高飛車で、口を開けば綺麗な言葉に隠された厭味を吐く生き物だったはず。

こんな風に笑うエルフも居るのか。

……まあ、私には関係のない話だがな。

「さあ、出来たぞ」
「ありがとうございます。……凄いですね、全然痛くない」
「それはなにより。では出て行け」
「…………」
「……なんだその目は」

さあ、とテーブルクロスを持ち上げてやったというのに、ルシウスはその深い湖色の瞳で私を見つめるばかりで動こうとしない。

「まさか、こんな状態の私をほっぽり出すなんて言わないでしょうね?」
「悪いが言うぞ。全力で」
「右も左も分からない、こんな私を?」
「右と左くらい分かるだろう。ナイフを持つ方が右だ」
「例え話です」

そう言って、これだからドワーフは、と溜息を漏らすエルフにカチンと来た。


 
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